2007年09月23日

中1・平面図形の作図。

中学一年生は、3.14の呪縛から離れて幸せなのですが、
定規で長さを測ることを封じられて、少々おろおろします。

作図が三種類ありますね。
垂線
垂直二等分線
角の二等分線
でも結局同じことをするんです。

曲がっていてもまっすぐであっても、
ある線の上で二点を取る。
垂直二等分線のときはもう二点が決定しているけれども、
角の二等分線と垂線はある決定している一点に針をぶすりと刺した上でコンパスをくるりと回して線の上の二点を決定する。
あとはそこからシャネル型を作ればいいのです。



この話は少し続きます。
posted by 華岡依音 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月21日

5000時間のくれるもの。

「5000時間やれば受かりますよ」
ハンドルを切りながら、お母さまはおっしゃった。


実技の必要な学部学科というものがあり、
まず合格という形でのスタートラインに立つまでに、
小学校入学から高校卒業までに、
ざっくり5000時間の実技の準備をするのだという。


「でも何であってもそうでしょう?」

黙っている私にお母さまはミラーごしに、ちらりと目を向ける。
その目に向かって、私は頷く。

いろいろなものを目指して、スタートラインに立つために、
いままでの教え子たちが費やした時間を考えても、
本当にそのとおり。

「その5000時間を一気につめられますけどね、一般の大学は」
「そうですね」


車は夜の住宅街を、するすると走る。






「大学で、月曜日に実技の授業があったら大変ですよね」

私の言葉に、お母さまはふわりと笑って、

「いや、どちらにしても通年で**回くらいだから、足りませんよ」

自分の必要とするもののために、個々で学びは続くのだ、と。

「**さんの進まれる専門の方は、自然にまじめになりますね」
「まあ、触れていた時間の長い者勝ちですからね」
その結果は、わかりやすく表に出るものだから、
自分の姿を見て、周りの人の姿を見ることで
わかってくるという。



   5000時間を積み上げるには、
   「十二年、一日*時間」を
   たゆみなく続けることだという。

   計算してみてくださいね。
   思いのほかに短い時間です。





5000時間の階梯を、
丁寧に作り上げ、上がっていく。
そしてその上に、更なる高みに向かうための
学びをくみ上げる。



その日々を淡々と、
たゆむことなく続けてきた**さんは、


やっと
一日中
その専門のことを
考えていられるようになったという。

「寝ても、覚めても、ですよ。まあそこからですからね」




**さんの先達として生きるお母さまの一言が、
私のおなかに、すとんとおちた。



posted by 華岡依音 at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

塾の進度についていけない!と思われたら。

覚えさせても覚えさせても、忘れてしまう。

よくある相談です。大手塾に通われているお子さんは、こういう悩みをもたれることが多いのかもしれません。

その場合に、覚えること自体を絞り込む必要があるお子さんと、
覚えることを減らすことなく、覚えさせ続ける必要があるお子さんとが
いらっしゃいます。

さきに述べた方は、新しい知識をキャッチするだけの「網」自体を一緒に作り上げていきます。その網を完成させることに力点をおきますので、ほしい「網」を変幻自在に与えられるわけではありません。あくまでもお子さんの能力と、お子さんの手に入れたい「網」の大きさを見比べて、作れそうなサイズより少し小ぶりの「網」を作っていきます。その「網」が完成すれば、その容積よりもある程度までかさのあるものをためんでいくことができます。

あとに述べた方は、「網」自体を自力で作る能力を潜在的に持っています。潜在的であるからこそ、その網を作り上げていくための知識を、連続して流し込んでいきます。和紙をすいていくイメージに近いでしょうか。「網」を作るための素材を多めに必要とするお子さんは、周りの人間が目の前の結果に一喜一憂するのではなく、淡々と、淡々と、知識を流し込んであげることが大切です。

大手の塾のカリキュラムから遅れをとっているように見えるお子さんでも、すべてが前者のパターンとは限りません。自塾に対して愛があったり、プライドがあったりする場合は、後者の導き方のほうが効果が高いように思います。


塾のフォローとして家庭教師をつけて、学力を補強する場合、どちらの導き方をするかをよくお考えください。親御さんから見てわからなければ、家庭教師の先生に聞いてみてください。前者の対処が必要な場合にはもしかすると、塾をやめることをご提案する教師がいるかもしれません。その場合は、「網」の作り方を提案できるはずですので、お尋ねになるのがよろしいかと存じます。
タグ:中学受験
posted by 華岡依音 at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月08日

このやり方、間違っているんじゃないか?と、お思いの方に。

だれかと新しく関係を築いていくときに、
相手の過去を知りたがる人もいれば別に気にしない人もいますね。
相手の過去を知りたがる人のほうが多いのかな?
けれどその人の現在を注意深く観察して、
これから何をしようとしているのかについての発言に
じっと耳を傾ければ、
どうなるのかはなんとなく想像がつくし、
なによりも違うのは相手の人生に自分がかかわっていくということだと思うのです。


別に相手に変化を求めないのであればそれはそれでよいのです。
おそらく自分の姿を変えていくことになるのでしょうし、
それを楽しむ自分がいるのですから。


それまでの相手の生き方について自分との違いをいろいろ考えたとしても、
それが間違っているのかどうかまで考えるのは
それが自分の生き方であっても相手の生き方であっても
なんだか不遜な気がします。



その人の生き方を否定するところから関係を始めるというのは
どうなんだろう?


いままでの相手の生き方と自分の生き方が何かしらの化学反応を起こすような形をとれれば
よいのではないでしょうか。






どんなに間違った考えだと思えるのだとしても
その考えに基づいて生きている。
その人のありかたを大切にするところから

お勉強を始めて生きたいと思います。
posted by 華岡依音 at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。