2006年08月06日

宿題の意味。

私の組織では、文章をかなり大量に書きます。

ワープロで打ってもいいのですが、私は手書きで書きます。

パソコンを持った電車女、と言われていても、

手で書きます。


手で書くと、私自身の思いが如実に出ます。

ワープロだと、嬉しくても悲しくても、

手で書くほどには思いがでてきません。



それは大人だけではないと思うのです。

子供が漢字練習を繰り返しノートにしたり、

計算問題を毎日解いたり、

手書きで日記を書くのは、悪くないと思うのです。

そして、そうした課題を提出する相手との

毎日の交換日記にすること。

それを繰り返していれば、毎日の課題が

日課として定着し、

やらないと気持悪いものになってきます。



そうするには、課題を提出される相手の心構えが

何より大切だと思うのです。

気まぐれで、受け取り方を変えない。

そして何より、出し方を変えないことが大切だと思うのです。

大変な負荷のように見えても、それが必要なものだと思うなら、

初めて会ったときからその負荷は変えないようにすることが

大切だと思うのです。


そして、その姿勢がきちんとしている先生は、

一度に確認するのは大変だということをよくご存知です。

ですから、こまめこまめの確認をし、

可愛いはんこやシールだけではなく、

その先生の人格や感性がにじみ出るような

微笑ましい、もしくは骨太な

コメントを入れたノートを返されます。


そうした関係性を一学期の間続けてこられた先生は、

たとえ問題集を解答つきで渡しても、

きちんとしたノートを提出させる心のつながりを

作っていらっしゃいます。

現にそうした先生に教わっている教え子も沢山いますし、

そうではない先生に教わっているがために

モチベーションを失っている教え子も、

沢山います。



宿題は手書きで提出しなければならない、

それが当たり前である時期に、

もっと限定してしまえば

鉛筆で字を書くのが当たり前の学年の間に、

一学期の間にどこまで宿題提出を絆にしていけるかが、

夏休みの宿題の意味を作れるかどうかに

深くかかわってくるところだと思います。
posted by 華岡依音 at 12:34| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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四日で50マン(笑)
Excerpt: オタクのドウテイキャラのフリして入ったら、やりまくりのもうけまくり(笑)
Weblog: 林田
Tracked: 2007-06-04 06:34
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