2008年02月02日

喧嘩するのは、○のまえ?○のあと?

お子さんが受験なさる学校に対する本心が露呈してしまうのが、
○をいただけなかったときのその学校への対応と、
お子さんを送り出すときの一言だと思います。

お子さんが、その日、その時間に、ある場所にいらっしゃるということは
ほかの場所に行くことをやめて
その場所を選ばれたということ。
そして
その場所を同じように選んだのは
その場所にいらっしゃる全ての方だということです。

よく受験の時
前と後ろの人に勝てば
とか
左右の人に勝てば
とかいう言葉を使いますけれども
それは方便であって
本当は
上から何人かに入らなければならず
ほとんどの場合
上から何人か
よりも
その下に来るかた
のほうが多いのです。


その苛酷な現実の中に身を置いているお子さんに対しては
今は
正論も
本心も
いらないと思うのです。

誰かのそうした言葉はお子さんの心をからめとり
余計に苦しくします。

そしてその言葉の導く結果は
正論通りになるかもしれません。
本心通りになるかもしれません。
でもそれは受験したお子さんの心を
何重にも傷つけることになると思うのです。

今は正論と本心にはチャック。
お子さんが○を手にされてからなら
きっとその正論と本心は外に出ることはないのではないかと思っています。

posted by 華岡依音 at 06:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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