2007年06月20日

能力についてくるのは、お金だけじゃない。

大抵のお勉強にはお金が必要です。

お金を出してお勉強をして、何になるの?
お金を出さないでお勉強ができれば、いいんじゃないの?


お勉強をした結果、本当に「学ぶ力」を身につけられれば
お勉強のために必要なお金はついてきます。
世の中には貸与の奨学金だけでなく給付の奨学金がたくさんあります。
能力のある人間には、お金が集まるのです。
お金をもらった上で、お勉強ができるのです。


(塾の中でもともとの能力によって受講料が減免されたり全免されたりすることは、チラシでもよく拝見します。)

だからそうしたものを活用すれば、「勉強をすること=お金を稼ぐこと」になると、教え子と話します。


そしてその経験は、学ぶ時期だけの得ではとどまらないと思います。

学んだ後、お金を稼ぐようになったとき
自分の使いたいものにいくらまでお金や時間を使えるか、という形で現れるように思います。
どんなにお金が目の前で動いていても
それが自分の使いたいものではないもののためだと
むなしさがついて回ります。
使いたいもののためだけにお金を使うことは
できませんが、
自分の使いたいもののためにお金や時間を使えないと、
金銭感覚がおかしくなります。


自分の能力によってお金を手に入れることができることを覚えると、
お金と時間の回し方がうまくなるように思うのです。

使う、でもそれ以上のものを手に入れる。




そしてその繰り返しによって、
「労働と等価となるものとしての時間」ではない、
違う質のお金と時間の使い方も身につけられるようになると思います。


そしてそれが「余裕」につながるのかな、と思うのです。
posted by 華岡依音 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月19日

経営陣は、記憶力。

講師の定着率とともに、
組織の存在感を物語るのは、
上の人間の記憶力だと思います。

過去に一度問い合わせをして、
そのときにはお世話にはならなかった方が、
時間を置いて再度問い合わせをしたとき、
「お久しぶりです」という対応があれば
その後の展開が異なると思うのです。

もし最前線の人間だけがその親御さんのことを覚えている場合であれば
立場が変わることでその情報に気づかない場合がありますが

その組織のトップが一度でもかかわりを持った親御さんのことを
覚えていれば、そこからの展開が速いのです。

お名前で、わかる。
声のトーンを、覚えている。


そしてお子さんの今の情報を、すっと言い当てます。
問い合わせをなさったお子さんを含めたお子さんの状況を、
言い当てます。




わたしがお目にかかった力のある方は
みなそうした記憶力をお持ちです。


posted by 華岡依音 at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

耳も目も二つあるけれど。

何かを成し遂げることのできる人の周りには、
常に何かをし続けている人がいます。

何かをし続けている姿を見せ続けておいて、
何もしないでいることを強制するのはむしろ難しいといえるでしょう。

それが何であるかで
影響をどのように受けるかが決まりますが、
その続けるものが何であれ、
周りにいる人に影響を与えることは
仕方のないことでしょう。


そしてその続けるものが
法に触れるものでなければ
影響を与えないよりは与えたほうが
人を育てることがしやすくなると思います。

ことばをかえれば
何かを続ける姿を見ることなく
何かを続けるように強制されても
影響は受けないだろうということです。
それが度重なれば、
ああはなりたくないという気持ちが強くなることでしょう。


AがBに
何かをするように言って
Bが何もしないときのAの失望よりも
AがBに
何かをするように言っておいて
Aが何もしていないときのBの失望のほうが
大きいのです。

「言うだけ言ったら自分は何もしなくてもいいの?」




こちらが何かをしているのなら、
隠さないで見せたほうがいいでしょう。
口で説明するのではなく、目に映るように。


見せすぎるほど見せて、初めて相手は
こちらがしていることを認めるものです。

posted by 華岡依音 at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

知識の暗記は、入れる時間より、出す時間。

知識を頭に入れるのはメンドクサイ。
漢字の形を覚えるのも、単語のスペルを覚えるのも。

書くのか、見るのか、唱えるのか。

それは一番自分にあっているやり方でできているのなら
よいのであって、どのやり方がよいですよということはない。

ただし、自分のお好みの方法で効果が出ないのであれば
戦法は変えるべきであろう。

本当に効果が出る方法は、自分でそれと気づいていないことが多いから。

けれども、暗記をするときに「入れる」ことに夢中になって、
「出す」ことをしないと、痛い目にあう。


そして、だれかと一緒に勉強するときには最終的に出さなければならない方法よりも一段階苦しい方法で「出す」方がよいと思う。



漢字を覚えているかどうかなら、
字形を分割して説明させる。
熟語であればそれぞでれの字を使った別の熟語なり、同訓異字のない訓読みなりをあげて、その熟語を説明させる。

そしてそれがあいまいなものは、説明できるところまで書きながらアウトプットの仕方をマスターする。

鉛筆をあまり動かさないので楽なように見える。
けれど、漢字の中を口頭で説明しようとするのは「ただ入れて、書く」よりも実はこっそりメンドクサイ。
そして、効果は、高い。
posted by 華岡依音 at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月15日

講師の定着率で、わかるもの。

ここに、この先生あり、と言われていても、
その先生の指導を求めてたずねてみたら、
その先生はいなくなっていた。
そしてどこへ行ったのか追いかけることがままならない。

それは、その組織の経費の使い方のひとつの表れではないかと思う。

私的な教育現場だからこそ、
そして講師を看板としている現場だからこそ、
組織が講師に長く指導に当たれる場を提供できているかどうかは
その組織の実態を見る尺度になるのではないか。

ただ長く組織に属している人間を囲っている余裕は、組織が大きかろうが小さかろうがない。

一時期組織に属していてその後独立する、ということもあるだろう。けれどもそうした方であれば、どこへ行ったのかがわからない形で消えてしまうことはないだろうし、もといた組織と完全な敵対関係になることもないと思う。

posted by 華岡依音 at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

SDリピーター・CDリピーターを何が何でも使わせたい!

・・・と、思います。

そのためにも、リピーターを使う必要性を感じればよいのだと思います。

・・・というわけで、

宿題の答え合わせマシーンとして使うことを、
お勧めします。
プログレスはCHARTを見て、次々に単語を代入して答えを作っていく問題がたくさん出るのですが、CHARTを見て答えを出すものですから、どの単語を入れればいいのかが、特に英語を勉強し始めのお子さんはわかりにくいのです。でも宿題ですから答えを正しく書いておくことも大事でしょう。そこでリピーターの出番です。

リピーターには解答がすべて吹き込まれていますから、
自分が正しくCHARTの問題を解けているのかを確かめることが可能になります。きちんとディクテーションができていなかったとしても、どの単語を答えればよいのかはわかるでしょう。

答えを確かめることができる道具なのですから、
使えばラクができる。使い続ければ耳が鍛えられる。
耳が鍛えられれば、ほかのものを聞くこともできる。
聞くことができれば、聞くことが楽しくなります。
聞くことができるようになれば、口に出すこともできるようになります。


過去記事の中にも、リピーターについて触れているものがありますので、記事検索でごらんいただけましたら幸いです。
ラベル:プログレス
posted by 華岡依音 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月10日

CDリピーター・SDリピーターを上手に使うには。

リピーターを聞いて、反復する。
その宿題をクリアするのは、
英語をはじめたばかりのお子さんにはなかなか大きな壁だ。
自分の発音が正しいかどうかわからない。
そして正しくない発音をしてしまうと恥ずかしい。
12歳から13歳という非常に恥ずかしがる時代に、
耳の「聞く型」ができていない状態で発音させるのは
苦しいのではないだろうか?

その恥ずかしさを乗り越えなければならない、
といっても
自分がその外国語を発語する危機的状況に家庭ではなかなか置かれないので、その「乗り越えなければ・・・」という設定がなかなかむなしく響く気がする。
お子さんにとっては周りにいる大人は自分よりも英語をきちんと発音できるであろうから、自分がリピーターを相手にしているときに変な発音をしていると思われたりしたら、本当にどうしよう・・・と
いう思いがぐるぐるする。

面倒くさいという気持ちと、
その形の見えない宿題を学校で確かめる方法がないということが
あいまって
どんどんリピーターを机の隅へと追いやることになる。

それを防ぐには
まずたくさん聞かせることだと思う。
声に出す前に、たくさんたくさん聞くこと。
ただ聞くだけではつまらない。
聞いたら鉛筆を動かそう。

リピーターの上の埃を少なくできている先生は、
ディクテーションの宿題を多く出しています。
教科書のテキストの文章を聞いて、書き取る。
幸いにして「リピーター」はリピート機能が非常に充実していますから、何度でも何度でも繰り返して書き取れるまで、書く。

単語の練習をするときも、リピーターを使っていけば、
一人で見て書くときの寂しさは軽減されるでしょう。

見て書くときにはできていても、
聞いて書くと間違えることはとても多い。

your と you're はとてもよくある間違いです。

日本語と英語が文字情報としてつながっても
音声と文字がつながっていないのはコワイ。

音声を呪文のように手繰れても、
それを文字化できないのは、後になればなるほどタイヘン。

二年生内容、三年生内容の新しい文法項目をうまく拾えるようになっても、一年生内容のスペルミスがずっと後を引くということは
非常に多いのです。
そしてそこで苦しむお子さんは、リピーターが埃まみれになっていることが・・・まま、まま、ままあります。


旧版なら扉とボックス、21ならシーンとルック、まずはそこのディクテーションをお勧めします。

まずは主語と動詞が抜けてるもの。
冠詞と名詞が抜けているもの。

前置詞以降の抜けてるもの。
連語の抜けてるもの。

それくらいの虫食いから入って、
最後には前文をディクテーションする。

今からなら、ぜんぜん遅くはないですよ。
ラベル:プログレス
posted by 華岡依音 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月23日

【テスト対策】英単語、テスト直前夜の、チェック法。

用意するものは、ルーズリーフかレポート用紙。
たてに三つ折にしてください。できれば両方山折りで。

1.一番左に教科書の本文の下にある単語を全部写します。

2.真ん中の部分に、日本語訳をつけます。

3.日本語訳が正しいかどうか確かめたら、一番左を折り込んで、
  日本語訳を見て英訳します。

4.折り込んだ左を開いて、英単語のスペルを確認します。


これが一日で終わんないよ!という範囲である場合は前夜からではなく、何日か前からやりましょう。

一番簡単に作れる、単語の確認シートです。

これを縦方向に使えば、漢字の確認もできますよ。
posted by 華岡依音 at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロ家庭教師の「プロ」ということば。

自分がプロだプロだという人間ほど胡散臭いものはない、ということで、わたしは最初ブレーンに非常に胡散臭がられていました。

わたしも「胡散臭いんだろうな」とは思うのですが、
なぜこのブログタイトルをつけることになったかをここで書いてみようかとふと、思ったのです。

HP上でコラムを書いていたわたしに、ブログを書くように教え子に薦められたのがもう6年くらい前なのですが、そのときに

検索にかかりやすいように
タイトルを覚えてもらいやすいように、忘れられないように
ひとつのテーマでこつこつ書くように


と指導されたのです。

指導の中で考えたことを書きたいな・・・
でも教え子が透けて見えないように・・・

それで浮かんできたのが「家庭教師は見た。」

これはもちろん、市原悦子さんのあのドラマシリーズを想起していただきたかったのですが、

タイトルとして埋没しそうだ・・・と思ったのです。

無名な人間で、しかもお仕事の募集をするためのブログではなかったのでタイトルに名前を入れることのメリットもありません。

それでも忘れられないものにするには
「女性」であり、しかも専業としている人間であることを
わかりやすくタイトルに入れてしまうといいのかな、と考え、
このブログタイトルに落ち着いたというわけです。


さて、プロ家庭教師、などというブログタイトルをつけてしまうとなぜ胡散臭がられるのか?
たぶんそれは「プロ」ということばが、
「自分はプロフェッショナル中のプロフェッショナルだ」
「自分はアルバイトで家庭教師をしている人とは違う」
という意図である、と皆様に思われるからなのでしょう。

わたしの所属している組織は、会社の「売り」として、所属している教師が「プロ」であることをうたっていますが、それは少なくとも前者の意図はないと思います。
結果として「プロフェッショナル中のプロフェッショナル」の先生もたくさんわたしも見ていますが、そういう先生を「プロフェッショナル」だと認めるのはお子さんであり、ご家庭であり、その先生の残してきた結果であるので、どんなにすごい先生とされていても、その先生ご自身は、その評価さえも、かる〜く、あかる〜く、スルーなさいます。そのとき、先生の目の中にあるのは、直接かかわっている子どもたち、そして縁あってわたしの会社を選んでくださったお子さんが、よりよい結果を出せること。
さて、後者の意図は、ほんの少しだけあるかもしれません。それはアルバイトの家庭教師の先生と物理的な差があるから、その点においてだけです。それは、もちろん、お金をもらうからプロ、もらわないからアマチュアというという点ではありません。その物理的な差というのは、専業であること、言い換えれば、24時間、365日、家庭教師であること。そのためには、家庭教師だけで自分がご飯を食べ、家族にご飯を食べさせ、生活を成り立たせる必要があるのです。それだけの収入が約束された上で、思い切り家庭での指導に当たること。それがわたしの仕事です。

わたしの先輩の先生方は、わたしが子どものころから、家庭教師を専業でなさっています。そのころは「家庭教師=アルバイト」と考えられていて、社会人で専業でなさっている先生の世の中でも受け止められ方もずいぶん違ったものだったようです。だから「専業ですよ」という意味で「プロ」ということばが接頭語的につけられたのだと思います。


アルバイトで家庭教師をなさっている先生、本当にすごいと思います。本業とお子さんの人生とのとても重い二つのものを背負っていらっしゃるわけですから。お体に気をつけて、これからもよろしくお願いします。

専業で家庭教師をなさっている先生、これからもよろしくお願いします。

学校の先生、塾の先生、たくさんのお子さんのなかで、ひとりひとりのお子さんを伸ばすそのご姿勢、本当に尊敬しています。よろしくお願いします。

そして親御さんも、お子さんも、みなさんにかかわっている先生は、みなさんにかかわっているその時間、あなたのために生きている先生であることには、かわりがありません。先生との時間が、お子さんの人生によいものをもたらしますように。
posted by 華岡依音 at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

【テスト対策】文章題、読み解けないのは、なぜだろう?

<ボク>「文章題って、難しくて苦手・・・」

<シショー>「文章題は長いけれど、難しく見せてるところを順に読み解いてみようか?」

<ボク>「見せてるところ?」

<シショー>「文章題を解くとき、一番大事なのは、わからないものをひとつだけにしないと式を立てて答えを出すことができないということ」

<ボク>「適当にいろいろ数字を当てはめても、答えが出ることがあるよ」

<シショー>「それは、コンピューター的な脳みその動かし方なんだ。せっかくキミは人間なんだから、人間らしく式を立ててみない?}

<ボク>「人間らしく?」

<シショー>「文章題ってね、わたしは割り算の式をいかに立てるか、にあると思ってるんだ。線分図にしても面積図にしても、一番わからないところを出そうとするときにはわられるものとわるものをはっきりさせればいいでしょう?」

<ボク>「あーーー、うーーーん。そうなのかも」

<シショー>「文章題が長くなっても、その割り算の式を立てるということにはかわりがないから、そこにたどり着きにくくすれば、問題は難しくできる」

<ボク>「具体例を挙げてくださーい」

<シショー>「じゃあ、これね。

華岡さんの家と華岡さんのいとこの家は18kmはなれています。華岡さんといとこはそれぞれ自分の家から相手の家に向かって自転車で午前9時に出発し、1往復します。2人が初めて出会ったのは午前9時40分で、2度目にあったのは2人とも折り返した後で、華岡さんの家から18kmのところでした。2人の速さはそれぞれ一定だったとして、華岡さんの自転車の分速を求めなさい。


<ボク>「むっむむむっむ」

<シショー>「無理、は禁句だよ。一つ一つ計算して、この中にかくれている割り算までたどり着きましょう」

<ボク>「うぇーーーーーーーとーーーーーー」




<シショー>「速さを出すには」

<ボク>「道のりと時間が必要だから」

<シショー>「そこを順々に出すことだけまず考えよう」

<ボク>「初めて会ったときには2人合わせて18km走っててー
2度目の時には2人合わせて2倍じゃなかった・・・それは前に突っ込まれたんだ・・・・えーとえーといってかえってといってかえってー合わせて・・・3倍かー、だーかーらー

18×3=54」

<シショー>「えーと、それは・・・」

<ボク>「ぎゃー、合計だあ。」

<シショー>「ここで割られる数は、どっちの走った道のり?」

<ボク>「あー、じゃー簡単じゃん。18の2倍から6引いとけばいいんだよね。 18×2−6=30」

<シショー>「お見事!では次は?」

<ボク>「おっかみさーん、時間ですよ・・・・・えーと3倍走ってるから、時間も3倍?」

<シショー>「大変にオッケーです。さっきの計算が生かされたね。じゃあ時間を出して」

<ボク>「40分の3倍だから120分、120分は」

<シショー>「ここで問題の最後を見ると」

<ボク>「やべ、2時間にしては超無意味〜♪30kmはゼロをみっつつけて30000m
30000÷120=250 毎分250mと」


<シショー>「これを数字換えすると関西の雄といわれる学校の過去問になります〜♪」

<ボク>「うや、まじですか?」

<シショー>「結局速さの公式に当てはめられるもの以外は、丁寧に図を書いていけばたどり着けるということを信じて、問題の中にかくれている割られる数と割る数を順々に出すことが大切だということだね」




文章題、読み解けないのは、なぜだろう?
割られる数と、割る数をさがせ。
ラベル:中学入試 旅人算
posted by 華岡依音 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月16日

うちの子は、○○中なんて無理だから、と二の足を踏むお母様へ。

学校説明会が、少しずつ開かれています。
親御さん対象の説明会も、塾向けのものも。
フレキシブルな立場のわたしは、そおっと、両方にうかがいます。



学校同士の違いもさることながら、
ひとつの学校の変化を見ることができます。

もちろん、以前に伺ったときと同じお話を伺うこともあります。
た・まー・に・異なる話を伺うこともありますが、
どちらもとても大切な情報です。

そしてどちらも生で聞き続けることで意味が増してくるもの。


ネット上の掲示板にはそぐわない
ナマでレアなリアル情報を
足を運ばれた方とだけ中学校は共有なさりたいのだな

とつくづくと思うのです。


今の偏差値がそぐわないかも?
と二の足を踏む親御さんがおいでかもしれません。

そんなことはありません。
お子さんの成長を信じつつ、
学校へおいでになってくださいね。


おかけになった交通費と時間以上の価値あるものが
きっと手に入ります。
ラベル:学校説明会
posted by 華岡依音 at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月13日

初体験を、イタイものにしないために。

中学生には、そろそろあの季節がやってきます。
避けては通れません。
先輩方もみんな、通ってきた道。
わたしも、はるか昔に通ってきました。

そう、中間テストです。
期末テストまで試験がないお子さんであっても、
学校の授業が始まって一ヶ月。
そろそろ、まとめに値するだけの学習を進めてきているはずです。

1年生は、まさに初めての体験。
2年生以上の皆さんも、先生のラインナップが変わってはじめてのテストです。
そして学年があがってくると、高校に送られる資料となる、大切な大切なテストになってきます。

というわけで、
ノート・プリント・テキストはきちんとそろいましたか?

まずは新しく習った項目の中で、
熟語のもの、外来語のものを
ぞろりぞろりと書き出してみましょう。
書けますか?
英単語は習ったものを全部書いてくださいね。
いきなり全部は書けないのではないでしょうか?
基本文も書き出しましょう。

情報を、まずナマの形で自分の前において、
どれだけ自分がわかっているのかもしくはわかっていないのかを
理解します。


その書き出したものを自分の言葉で説明してみましょう。できなければ、ノート・プリント・テキストを目を皿にして探しましょう。
辞書も引きましょう。

それがきちんとできるようになってから、問題集やプリントのとき直しをしましょう。

問題を解きなおしたあとでもう一度、はじめにやったナマ情報の書き出しをしましょう。自分でそのナマ情報のつながりが見えてきていますか?ナマ情報を見て、それぞれの基本文の関係なり、冠詞のつき方なり、自然数と整数の違いなり、垂線と二等分線の違いなり、時差の計算のしかたなり、現生人類がどういうもので四大文明がどう違うのかなり、光の屈折のしかたなり、花の構造なりがを見えていればまずまず8割は仕上がっているということです。

そこで自分が先生なら、どこを聞けば百点を取りにくくできるだろうかと考えましょう。そこが、あなたの最大の弱点です。


健闘しましょうね!
posted by 華岡依音 at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月11日

勉強をやすやすとできる子どもの理解の枠組み。

勉強をやすやすとできる子どもの、
理解のしかたのキモは、
新しい知識を作り上げているものをおもんぱかる
にあると思います。

特殊算の共通項を
今までに習ったものの中から導き出す。

新しく習った天体の動きを
「左回り」のルールでくくる。

随筆の主人公によって、
二つの読み方があることを知る。

それは、新しく知るものが
自分の知っているものと無関係ではないという
新しいものと自分の理解の枠組みとの
双方への信頼に裏打ちされるものです。

逆に
新しいものが自分と無関係なものだという確信のもとに
新しいものに出会ったとしても
それは新しいものを信頼しないだけでなく
自分の理解の枠組みを信頼しないということでもあるだろう
と思うのです。

もったいない・・・

どんなに自分の生きる世界と無関係であるように見えても
自分の生きてきた世界のルールと何かしら関係あるものが
学ぶべきものとしてあなたの前に提示されているのです。

どんなに目を背けたくても
どんなに耳に逆らおうとも
そこに存在しているものは

学んでおくと得なものだから。


だから
目線を変えてみましょう。
自分の知っているルールで説明できないかと考えてみましょう。
わからなければテキストの中を探してみましょう。
辞書を引いてみましょう。

その姿を、子どもの周りにいる大人の皆さんが、
根気よく見せていくことが
子どもの理解の枠組みを広げることにつながると思うのです。






お知らせ
2007年6月号(5月10日発売)の小学館さんの雑誌「edu」に、
必勝!中学受験攻略本の紹介記事を掲載していただきました。
ごらんいただけましたら、幸いです。
もしご興味を持っていただけましたら、こちらまで・・・
ラベル:edu 家庭学習
posted by 華岡依音 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月10日

知識は、天から降ってくるものじゃないから。

知らないものを
自分で知ろうとすることを
しないでいいよといい続けると、

知らないものは
誰かが教えてくれるまで
待つ子どもになってしまう。

変な教え方を入れ込むのは確かに危険な話だ。
クラスをスタートさせる上での、理解度にあまりに差があると
クラスを導きにくいという考えがあるのかもしれない。

しかし
理解度がそもそもまるで同じであることを想定するのも
相手に期待しすぎという気がする。
そしてストレートな考え方があらかじめテキストに示されていないというのも危険な話だと思う。

そして相手の話をすとんと飲み込める子どもであるかどうか
それだけの信頼関係を話し手と受け手の間で築いているのかどうかが
講義形式の授業をするときには何よりも大切だと思うのです。

信頼関係の組み立てのルールが小さいころからできている子ども
(それは相手の話を丸呑みするというわけではなく、相手を信頼して耳を傾け、納得するための対話をするという意味で)
こそ講義形式に向いているのだと思うし、
その経験値は10年程度の人生の中では本当にまちまちだと思います。

だからわたしは
知らないことを知ることは悪いことではなく
自分で知らないことを知る方法や
相手の話を自分にほしいものだけを千切りとって聞くのではなく
まるまる聞くことを訓練するようにしています。


posted by 華岡依音 at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

人に会うたび。

本も無事旅に出て少したちます。
教え子たちの試験も一段落、次の試験の始まる前の
陽気のよくなった今日この頃、
ブレーンと一緒にせとうちの旅へ行ってまいりました。

まずはわたしのふるさとにある温泉場へ立ち寄り、
ブレーンに世俗の垢を落としてもらいます。
その後はブレーンはデジイチを手に、
わたしの案内で温泉郷をぽちぽち散歩。

ひなびーた温泉郷なので、
近所の方に
「しゃしんをおとりしましょーかー」
と、並んで撮られてしまう二人でありました。

日も落ちて、
フィルターをかけても写真が撮れなくなったところで帰宅。
ブレーン差し入れの焼酎と、
ブレーンお手製の梅酒で、
両親とわたし、ブレーンで
ささやかな晩酌です。
父はご機嫌。
温泉郷のオジサマグループには、
ブレーンはがっつり紹介された模様。


宍道湖の蜆を召し上がっていただきました。



次の日は、まず福山へ移動。
福山へお迎えいただいた
猫ギター先生に導かれ、
尾道へ。

その前に、尾道ラーメンの朱華園さんの福山店で
おしょうゆ味の尾道ラーメンをご馳走になりました。
背脂が素敵なお味です。
あれは癖になりますね。
ラーメン好きの男性陣はにこにこ。
猫舌のわたしははふはふでした。

そしてフェリーで向島へ。
上陸後、まっすぐに先生のお仕事場へ向かいます。
まずは、本棚を拝見。
これは図書館要らずです。

ブレーンの本棚はプチツタヤですが、
猫ギター先生の本棚はプチ東京堂書店とお呼びしたいと思います。
あんな素敵な本棚にわたしの本を並べていただいて、痛み入ります。
お土産の本も、並べてくださいませ。
(^^)

そして尾道駅へ戻り、そこからタクシーで一気に山の頂上を目指します。目指すは千光寺公園です。
そしてタクシーを降りたあとで、徒歩でさらに頂上を。
藤棚や躑躅に彩られた斜面をぐいぐいと登っていくと、
しまなみ海道を見晴るかす、蒼い墨で描かれたような
大パノラマが広がります。
向島のあのあたりは、昔塩田だったんですよ、
と猫ギター先生のお話を伺います。
ブレーンはシャッターを押す手がとまりません。
しょっちゅう二人で止まってしまい、猫ギター先生、ごめんなさい。

そして順々に階段と坂を下っていきながら、
南斜面の「猫」ゾーンを発見!
「猫」ゾーンを歩く「猫」先生のお姿に、
シャッターを押してしまいました。
ご許可いただきましたので、後ほど掲載しますね。
(今はエッジで原稿を送信しているので、失敗する恐れがあるので)

そして尾道のお寺さんを見て回り、
バスで駅近くへ戻り、
商店街を散策。
そこで「てんぷら」の桂馬さんにブレーンがピクリと反応。
お土産ゲットと相成りました。

そしてJR山陽本線で福山へ移動し、
日ともしごろの福山城を見上げ、
お城まわりの猫さんに挨拶しました。

そして
お仕事終わりのかち〜先生と合流。
かち〜先生の教室は
子どもがとても通いやすそうでした。
「ここに、通っているんだよ」というと、
それだけで賢くなりそうな、そして実際に賢くなる。
塾の立地条件って、街ごとに違うものですが、
福山だったら、あそこだろうな、という位置取りです。
わたしが父兄でも、安心して子どもを通わせようと思います。

四人でやきもの、あげものを中心に
ご飯をいただきつつ、教務話をたっぷりたっぷり伺いました。
三人とも経営者なので、
日ごろわたしの触れることのない部分のお話をじっくりと。
そして受験についての
ナマでレアなリアル情報が飛び交い・・・

教室の静かな雰囲気をお作りになっている
そのお姿そのものの、
大人な、クールな、
そして微笑むととてもやさしい目をなさるかち〜先生。

もののふの雰囲気を漂わせた、
名刀のような
しゃべりをなさる、
そして発見なさると少年のように目を輝かせる猫ギター先生。

柔らかい口調の中に、
男性と話すときの
きらりきらりとしたものを見せるブレーン。


贅沢なものを見せていただきました。


わたしは聞き手でしたので・・・・・・
うっとり、にっこりでした。





みなさま、本当にありがとうございました。
このお礼は築地で、もしくはわたしのふるさとで・・・


それでは、失礼いたします。
ラベル:尾道 福山
posted by 華岡依音 at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月29日

数に強い子にする、そのはじめの一歩。

数の感覚を磨くには、同じ形をした同じものが手に触れられるところにたくさんあることが大切だと思います。

同じ形をした同じもの、といえば


じゃがいも、たまねぎ。
たまご。
コロッケ。
おむすび。

えんぴつ、サインペン。
白墨。
あとは、輪ゴム。
ふきん、ぞうきん。
洗濯物、もろもろ。

それを触りながら、
それがいくつなのかを意識するように指示をしてみましょう。

「輪ゴム、三つ、取って」
「たまごは一人二つずつだから、
 2、4、6、・・・・」
「古いたまごが三つあるから、新しい卵はいくつ入る?」



そこからはじまり、

液体の量を測るときも、
必ず口に出して量を測りながら注いでいく。
「カップに一杯、二杯、三杯・・・」

物をゆでるときの時間の感覚も、
「ゆっくり20数えて」
といった感じで。



ご家庭の中で数えられそうな同じ形の同じものを
確保しておくこと。

そしてさまざまな単位量のものに慣らすこと。
(ひとたば、ワンパック、1ダース)

そして単位量から見てどれくらい多いのか
どれくらい少ないのかを
意識しながら生活すると
子どもが数の意識を持ちやすくなるように思います。


教え込むために単位量が必要なのではなく、
いつも同じ単位量を使えるものは
その単位量を意識しながら生活することが、
子どもの数意識をラクに育てることなのではないかと思います。
ラベル:家庭学習
posted by 華岡依音 at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月28日

特に人間は、慣れるから。

時に環境の変化があったとしても、
そしてその環境の変化になかなかなじめなかったとしても、
その環境にはいつかは慣れていくもので、
慣れていないようにほかの人から見えても
少しずつ慣れているものだと思います。

毎日お子さんの姿を見ていると思うようにならなくて
ご自分を責めることがあるかもしれません。
でもご自分を責めることにエネルギーを使うと、
そこで疲れてしまって、
変えられることから変えていくエネルギーが減るような気がします。

自分に持てるエネルギーは急には増えないのですから、
上手に分配して使うことに
気持ちを向けるとラクなのではないかと思うのです。

お子さんが苦しんでいるのはひとつの理由ではないと思うのです。
その苦しみに明らかに取り除くことのできる理由があるのなら、
取り除けばよいのです。
でも現状で取り除くことができないのなら、
それは慣れていくこと、
その状況をどう捉えていくかを変えていくことだと思うのです。

だからお子さんが何かに慣れていく時期なのだとしたら、
それに慣れやすくすること。

毎日の生活の中で当たり前になっていることで
環境の変化と共に当たり前のままにできることを
確保していくことが大切なのではないかと思うのです。





小さな例を挙げますね。

わたしはお弁当が苦手でした。
ものすごく。

しかしあるおかずがあれば何とか乗り切れた。

そしてそのおかずを
わたしの祖母はわたしがお弁当を必要とする間
ずっと、ずっと、毎朝作り続けました。

そのことが当たり前のように思えるほどに、
毎日、毎日、その作業は続きました。

そしてわたしも、お弁当に慣れました。


小さいことです。
祖母にしてみると些細なことだったのかもしれません。
大変なことだったのかもしれません。



でも毎日続くもので崩れないものがあるというのは
お子さんの心を強くしてくれると思うのです。

食べ物でなくてもかまいません。
本当に、どんなものでもいいのです。


そこを足がかりにできれば。
posted by 華岡依音 at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月27日

「玻璃の天」を貪り読む。

わたしがまだ学生のころ、高校時代の現代文の先生に、
せっかく同じ大学に通っているのだから読みなさい、
といわれた作家が

北村薫でした。


当時、自分の研究にかかわらない本はできるだけ文庫になってから買いたい、と思っていたわたしの意見は即却下され、

同じ場にいることがうれしくなるから買うように
ほかのものを切り詰めていいから買いなさい

と言われて買ったのが
「私」シリーズでした。

今ではすっかり変わってしまった大学の、「私」が通っていたころの景色がいちいち分かるうちに買うことを進めてくれた恩師に非常に感謝しています。

このシリーズを読んで、「私」の通った大学を目指してくれるといいなあ、と思いつつ、その大学に興味のある本好きの教え子にはさりげなく勧めてみたりしていますが。


さて、本題です。「玻璃の天」です。
作者自身も今はこのシリーズの執筆がかなり楽しいのかな?と思いながら貪り読みました。

2冊目というのは、登場人物のキャラクターがより立ってきて、読んでいるほうも作者の伏線に揺さぶられつつも、その隠し道具に落ち着いて唸らされることが可能な、そんな立ち位地かな、と思います。

そしてゲスト的な登場人物の皆さまも、きっちり書き込まれて、なんとも素敵です。

こういう本を読んでくれる女の子に、
「英子さん」の後輩になってもらいたいなあと思いつつ、
教え子に勧めてみようかと思う今日この頃。

なんだ?感想が少ないじゃん!とお思いになる方、お許しください。まずは現物をお手にとっていただければ幸いです。
できれば、そっとカバーをはずしていただければ・・・

装丁も本当に素敵です。
さすが、文藝春秋。
ラベル:北村薫
posted by 華岡依音 at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月19日

【黄金週間のスケジュール】積み残し?受験日までに積めばいい。

6年生ともなると、
積み残し、といわれるものを意識なさる方も
おいでかもしれません。

しかし
積み残し
というのは
中学校ではない
誰かが設定したものを基準に考えられたもの。

そこで大切なものは

あくまでも学校が設定したものではない

ということです。

本屋さんに最新の過去問も並び始めています。
そこで、志望校の問題をよくご覧ください。

どうやってみても既習内容で解きようのない問題は
どれくらいの割合でありますか?

既習内容で勝負できるはずなのに、勝負ができないのか、
未習内容だから勝負できないのか。

ここでの未習内容というのは
塾のクラス分けの結果未習になっているところも
含めて考えましょう。

実際には習っていない、演習していない、理解していない、
だから分からない。
当然過ぎるほど当然のことです。


積み残しということばは
使って元気になるものではありません。

受験本番までに積みきればいいものです。
受験本番で出ないものに関しては
積み残しという分類自体意味を持ちませんし、
受験本番を迎えるにあたって
今日、この瞬間に理解していなくて困るものであるかどうか

わたしは積み残し、という言葉を使うなら
むしろこちらを設定したい。
↓↓↓
小学校5年までに学校で習ったもので
びっちり分かっていなければならないものが
抜けていないかどうか。

たとえば

食塩水の問題
売買損益の問題
3.14の計算
植木算

地図の読み方
日本地理
日本とかかわる国の世界地理

太陽・月・月
電流
四季の変化全般
電磁石以外の磁力
天候の変化
生殖全般
てことふりことしょうとつ
ものの解け方

主語述語
単文重文複文
れるられる
補助動詞
ことわざ慣用句四字熟語
熟語の構成
口語文語

そしてまさに今小学校で勉強しているものが
完全に自分のものになっているかどうか

数の性質(公倍数・公約数)



ここまでの知識を使いこなして解けなければならない
問題をどこまで理解できているか


受験勉強で積み残しを訴えるお子さんは、
ここまでの知識であやふやなものが多いように思います。

たとえば模擬試験の成績がよくないお子さんで
こうしたところがあやふやなのなら、
ゴールデンウィークは徹底して
復習に当てたほうがよいと思います。
posted by 華岡依音 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月13日

子どもの持ってるやわらか時間。

この時期は、
子どもの心が入れ替わりやすい。
居る場所が変わる。
触れる人も変わる。
変わらないで居ようとするほうが難しいだろう。


新学年だから
新学期だから
高学年だから
入学したんだから

理由はきっちりしていなくてもいい。
どういう理由付けでも

今の新しい自分の感覚を
新鮮に感じ続けさせれば
ともすれば区切りがなくなりがちな
大人の日々の生活のペースに
子どもを
引きずり込むことがなくなる気がする。

ただでさえ
子どもの人生は激動だ。

強制的に人間関係を変えられるのだから。

そして大人よりもはるかに多くの選択を
はるかに短期間に求められる。

それは彼らの時間が
大人よりもはるかに伸縮性のあるものだからだが

だからこそ
そのやわらかな時間を手垢のついた大人時間に
無理にあわせることなく
むしろ大人が
子ども時間のやわらかさを
見習いながら一緒に歩いていこう、と思う。
posted by 華岡依音 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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