2009年03月14日

2009.03.13.13:00 合格発表。



こんにちは。華岡です。

今年の教え子ちゃんの入試が終了しました。
それぞれの新しい場所で、一年生になっていきます。

あきらめないで重ねた努力は、みんなの中で糧となり、それぞれの花を咲かせてくれるだろうと思っています。


本当に、よかったね。
おめでとう。
posted by 華岡依音 at 11:23| つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

うかる〜る方式で、こういう結果が出ています。

おひさしぶりです。
華岡です。
今年の私の教え子ちゃんの入試も、
大学入試グループを残して、終了しました。

このタイミングでパソコンに向かえることもなかなかないので、
私の本の出版が決まってからこの間までの合格校をリストにしてみようと思います。
・・・と言いますのも、私がを「出したい」と言っていたころに(まだ出版の話がまとまる前です)、私のブログを発見してくださり、ともに歩いてきた方の入試がこの前、終わったからです。この方も(年に何人かいらっしゃいますが)、「定期的な勉強は家庭教師だけ(模擬試験や実験教室などのお教室にはいらっしゃっていました)」で勉強を続けていかれて、このたび、得意教科の勉強を楽しめる学校に進学なさることになりました。
今が、本を出してからの仕事の、ひと区切かな、と思ったのです。


本の出版が進み始めた2006年から、本の出版がされた2007年、そして2008年、2009年(今年です)の合格校をリストにしました。個人の特定を避けたいので、あえて年度は出さないで、あいうえお順にしています。

跡見学園
市川
浦和明の星女子
鴎友学園女子
海陽中等教育学校
学習院女子
共立女子第二
九段中等教育学校
晃華学園
駒場東邦
栄東(東大選抜)
淑徳与野
女子学院
青雲
成蹊
西武文理
世田谷学園
筑波大附属
帝京
東京女学館
東邦大東邦
東洋英和女学院
土佐塾
獨協埼玉
本郷
明治大学付属明治
目黒星美学園
森村学園
立教女学院
麗澤
和洋国府台


合格なさったかたの実践例は追って・・・。

今年も、新受験生の皆さんと歩き始めました。
みなさま、よろしくお願い申し上げます。


私の本は、こちらです。
タグ:中学受験
posted by 華岡依音 at 07:52| つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月30日

立体の切断をリアルに。

お久しぶりです。華岡です。
過去に記事にしたことがあるのかもしれませんが、
質問を受けたので、取り急ぎ記事を起こします。

立体の切断の問題を解くときに
リアルに勉強しやすいのは
「メラミンフォーム」でできているスポンジだと思います。

私が記憶する限りでは「ツヤコ」というシリーズのものが最初だったと思います(もう大学生になっている教え子ちゃんが小学生の頃の商品です。今はこのシリーズは別方面に進化しているのですが)
当時は100立方センチメートルで500円くらいはしたんじゃないかと思います。

それはさておき、
今簡単にこの手のスポンジを手に入れたいのであれば、
「激落ち」シリーズがお勧めです。



これはかなり大きいサイズですが、
検索をかけていただけるといろいろなサイズのものが出てきます。
シリーズの中には、かなり立方体に近いものもあります。

包丁で切っていただくのが一番いいと思います。
包丁で上手に切ると、それはそれは切断面がきれいになります。

切断面同士は静電気でくっつくので、切断したあとも、繰り返し使えます。

すべての勉強が終わった段階で、おそうじにお使いいただければゴミが残ることもありません。

実際に切断を繰り返すことで、切断する面の上下の面の切断の線が平行になることを実感できるのがとてもよいと思います。

おとなの方と一緒に、わいわい、切断してみると、楽しく、リアルに、頭に入るのではないかと思います。



こんな仕事もしております。



posted by 華岡依音 at 10:18| つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

毎日繰り返すこと。





この本の中でどうしても触れられなかったこと、
それは「食べる」ことについてでした。

私が直接お話をしたり、同僚の先生やお知り合いの先生からうかがうことを併せて考えてみても、

住むことよりも着ることよりも
食べることに関しての温度差はとても大きいのです。

それはおそらく繰り返す回数が
着ることよりも住むことよりも多く
そしてかける手間の幅がとても広いので
その掛け算の答えは
親御さんが親御さんになるまでに本当に出来上がっているからだと思うのです。

その温度差の一例を示す本だと思います。

普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓



さて、私自身についての話です。
私も、結婚するまでは毎日繰り返す「食」に
心を向けていなかったのだな、と今にして思います。
そう言えるのも、私の夫とお母さま(お父さまはお亡くなりになっています)の「食」への思いを見続けているからです。
お母さまは何度か大病をなさいましたが、その病気をなさった方とは思えない日々をお過ごしです。それでも夫からは気になることも多く、
味覚のストライクゾーンはどれくらいで、
大きくずれているところはないか、
食べる量に対する意識はどうか、
実際にどれくらい食べているか
食べた後のお通じがどうか

について本当に心を砕いています。
それはすべての家族に対してそうなのです。

その積み重ねによって、私の一家は病気になりにくく、なった後の回復が早くなっているのだと思います。


食べることに心を向け続けていると、いざという時に強い体を手に入れることはできると思います。
そしてそのことは受験勉強を含めた長丁場の戦いでは本当に大切なのです。









posted by 華岡依音 at 09:59| つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

おしらせ・いろいろ。

お久しぶりです。華岡です。
ここしばらく更新が滞っておりました。

私が本を書かせていただいてから、一年が経ちました。
一年すこし前は、
「華岡が本を書く???」
と、社内ではやや疑問視されながらの執筆のスタートでした。
今では多少なりとも本の存在を認めてもらえたようで、
近いうちに、ブログもしくはホームページも
私の所属している会社との相互リンクが可能になると思います。

このことで今までの私のブログに欠けていた現実味が多少なりとも出てくるのではないかと思います。

私は会社に属する人間で、仕事上知りえる情報を明かすことができないので、これまでペンネームで書き続けてきました。これからもリアルであっても、私が一緒に勉強を続けてきたお子さんにつながってしまう情報は表に出さず、どこにでもある日常の一こまとしての受験と、そこにかかわる自分の仕事を通して考えたことをつづっていこうと考えています。

これからもよろしくお願いします。





さて、仕事上での変化以外にも、私的な状況も多少変化しました。
本の執筆をきっかけに、人生の伴侶と出会うこととなり、入籍し、転居しました。
ざっくり35キロメートルばかり生活基盤が移動したことになります。
しかし仕事の基盤はほとんど変化していないので、一日に100キロメートルくらい移動して仕事をしています。
夫いわく「電車女度アップ」なのだそうで。

いきおい、日付の変わる前に帰宅できない日も多く、
「うちの家内は家外です」
「奥さん元気で留守がいい」
と言われ、
たまにその日のうちに帰宅できると、
「午後様」扱いです。

PCを持ちはこんで開くこともなくなりました。
PCは自宅にあるのですがなかなかその前に座ることもできず、
今日に至りました。

以前と比べて依然として変わらないところもあるでしょうし、
大きく変わったところも多いと思います。

ぼちぼちと、書いていこうと思います。
これからもよろしくお願い申し上げます。




一年経ちました。
こちらも、よろしくお願い申し上げます。

タグ:家庭教師
posted by 華岡依音 at 01:58| つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月01日

どきどきしてても、勝負は勝負。

教え子の最終授業を終えて帰宅し、家人の寝息を聞きながらこの文章を書いています。

いよいよあと小一時間で受験生のご家族は目を覚まし、お部屋を暖めて、受験生のお子さんの寝床に声をかける、そんなときです。
結局眠れないままに夜が明ける方もおいででしょう。
そして朝一番の校門激励のために、夜を徹して準備にいそしむ塾の先生方もおいででしょう。

今日の朝は冷えます。どんなことがあろうとも、指は動くように、頭も動くように、日頃手袋をなさらなくても、手袋のありがたさが身にしみると思います。暖かくしていらしてください。

そして試験会場で、校門激励の洗礼を受け、いよいよ一人になります。
どきどきしても、勝負は勝負。

緊張した気持ちをみんな吐き出しましょう。思い切り吐き出せば、あなたの今いる学校の空気を吸い込むことができます。
志望校の空気が、あなたの体に赤血球によって運ばれます。

今まで身につけた力を、答案用紙に記録していきましょう。



posted by 華岡依音 at 03:53| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月08日

このやり方、間違っているんじゃないか?と、お思いの方に。

だれかと新しく関係を築いていくときに、
相手の過去を知りたがる人もいれば別に気にしない人もいますね。
相手の過去を知りたがる人のほうが多いのかな?
けれどその人の現在を注意深く観察して、
これから何をしようとしているのかについての発言に
じっと耳を傾ければ、
どうなるのかはなんとなく想像がつくし、
なによりも違うのは相手の人生に自分がかかわっていくということだと思うのです。


別に相手に変化を求めないのであればそれはそれでよいのです。
おそらく自分の姿を変えていくことになるのでしょうし、
それを楽しむ自分がいるのですから。


それまでの相手の生き方について自分との違いをいろいろ考えたとしても、
それが間違っているのかどうかまで考えるのは
それが自分の生き方であっても相手の生き方であっても
なんだか不遜な気がします。



その人の生き方を否定するところから関係を始めるというのは
どうなんだろう?


いままでの相手の生き方と自分の生き方が何かしらの化学反応を起こすような形をとれれば
よいのではないでしょうか。






どんなに間違った考えだと思えるのだとしても
その考えに基づいて生きている。
その人のありかたを大切にするところから

お勉強を始めて生きたいと思います。
posted by 華岡依音 at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月29日

美しい***は、一日にして成らず。

テストの谷間を、寄せていく。
体型補正ではないけれど、
そうすれば谷間に気の緩みが入ってくる可能性が減るわけだ。

けれど谷間が谷間として機能するのは
山場としての試験が山場として
勉強量なり、気持ちの引き締めなりを
作り出したときで、
山なのか谷なのか平野なのかわからないほどの
準備であったり、
勉強しているつもりで
じつは「がんばる自分」というパットを入れて
試験結果のもたらすショックを少なくするための努力であったり、
本来補正するべきもの(頭に入れるものの許容量にあったもの)を
見極めることなく闇雲に脳の脂肪を増やしたりするための
砂山のような「山」だったとしたら、
お子さんの学力も心も
少しずつ補正が効かなくなっていく。

だから気をつけて、そばにいる。

常にテストのために心を締め付けていないか?
今一番必要な栄養を与えているか?
闇雲にがむしゃらに取り組もうとするその姿が
ほんとうに「理解し、使いこなせている」方向につながっているのか?
目の前の結果のために、先を見通すといらないものを無理につめこもうとしていないか?


美しいものは、ゆっくりと美しくなっていくものだから。
美しいものを美しくするために、
そばにいたい。
posted by 華岡依音 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月25日

山ははれ。

テストにどこが出るかなあ? 
と子どもが聞いてくるときは、
 
こちらのいうことを素直に聞く可能性が高いので
 
得意科目の場合は
その子どもにとって
あまり出題されて欲しくない
そしてもっとも大切そうなところを
 
「山」
として指示します。
 
だって
出題されて欲しくないところは
どんなに大切であっても
さけて通りたいのが人情です。
 
出るといわれたらやるのなら
本人のイヤだと思うところを言うのがいい。
 
それさえも出来ないほどに嫌いな科目なのなら
 
その子どもにとって
出題されても大丈夫そうなところで
そしてもっとも大切そうなところを
指示します。
 
 
 
本当に出るかどうかではなく、
本人にとって必要であるかどうかに特化した、
山のはりかたです。
posted by 華岡依音 at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月23日

言葉という箱舟。

子どもが言うことを聞かないんです。
 
 
 
 
それは当然なのです。
 

子どもは大人よりも言葉の数が少ない。
ということは
大人よりも不便な乗り物に乗っているということ。
でも子どもの感性が大人より劣っているわけではなく、
大人の持っている語彙に邪魔されないで
直感的に思うことがココロの中にいっぱいいっぱいになっている。
そしてそれを
見抜いた上で
自分の思いとうまくかぶるように
 あまりにも中心をびしりと突きすぎるのは
 一回ならいいけれど
 毎回だと大変だから
いってあげることができる大人にしか
ココロを預けることが出来ない。

そして子どもにイチバン近しい
家族という名の大人は
常に中心をびしりと突きすぎるか
家族なのだからまあいつでも正しいことが言えるだろうという
甘えのもとに
的外れなことを言ってしまいがちだ。

しかもそれを良かれと思ってしまうことすらある。
良かれと思って言うことは
客観的によいことはあまりないから、
良かれと思って言うことはわたしは出来るだけ避けている。

よいと思うことを
出来るだけ相手に伝わりやすくなるように
噛み砕いて
話すようにしている。
誤解されたとしても
説明しようとする
覚悟を持って。

よいと思うことを
良かれと思って
相手に遠慮して
言わないでいることは
さけたいところなので、

出来るだけ言い方を気をつけて
話すようにしている。


もちろん、相手の話すことをよいと思うことだけ
取り上げて
自分の苦しくなりそうなことであれば
切り捨てることも
しないことを心がけている。


人間は忘却する生き物だから、
忘却する生き物だからこそ、
一つ一つの言葉に対して
誠実であることが
その発された言葉に対する
持ち主の果たす責任だろうと思っている。

そしてそれをいつも教えてくれるのが
彼だ。

posted by 華岡依音 at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

きょうじゅ。

なにかが苦手になる子ども。
なにがが苦手である大人。
苦手であるものを得意にすると、 
何でものすごく強くなるのだろう。
 
 
それは
苦手であったもの自体を得意にすることで
 
ものの考え方
ものへの取り組み方
視点の変え方
視点を変えてみようと思ってみること
 
さまざまなことを
体得するからだと思う。
 
 
その根本になるものとして 
一見
全く異なって見えることを
くりかえしてみることも
大切なのだが
 
 
異なっているものを繰り返せば
もともと自分が苦手に思っていたものを
あっさり克服できるように
なるだろうか?
 
 
思考と試行の繰り返しの中で
その両方に共通するものを
体得した後で
もともと引っかかっていたものへの
道筋まで
丁寧に戻してあげることが
必要だと思う。
 
そのための
計算練習なのであり
パズルの利用なのだと思う。
 
本来
そうした教材を作り
利用し始めた方は
その意味を
よくご存知だと思う。
 
教材を享受する側が
心して
動かねばならない。
posted by 華岡依音 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

どこに居ても。

いつでも今の立ち位置がスタートラインだ。
今までよりも後退しているようでも
今までよりもちょっとだけ前にいるようでも
それは実はこれからのことにはあまり関係がない。
 
とても幸運に見舞われていたとしても
今はとても悔しい思いをしていたとしても
 
あなたは棺おけの中に居るわけではない。
今体が焼かれようとしているわけではない。
 
悔しさとか憎らしさとかで
体が焼け焦げている人が居るかもしれない。
 
ものすごく他の幸せそうに見える人を
見るたびに歯噛みする人が居るかもしれない。
 
でもそのときに
その今の立ち位置から逃げることなく
自分のイチバン近くに居る人と
きちんとタッグを組み続けた人は
 
だれがなんて言ったって
永遠に続くことのない
苦しい時期を抜けることが出来る。
 
そしてその抜けた人の笑顔は
その苦しい時期を見つめることしか出来なかったわたしの瞳を
 
僅かに濡らす。
 
 
 
ああ、よかったな。
家族が笑顔であること。
 
それは何物にもかえがたく、
この仕事をしていて
家庭の中での他者として
 
家族のようで家族ではなく
他人のようで他人ではなく
 
かかわり続けた自分への
何よりのご褒美だ。
 
 
 
 
 
だから今
苦しんでいるあなた。
 
 
 
 
リアルな世界で
信用できる他人の力を借りたほうがいい。
 
 
信用できるかどうかは
相手がどれだけ黙っているか
相手にどれだけ話せるかで
決めればよいと思う。
posted by 華岡依音 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

目を前へ。

学年末のテストです。
先生の手の内も相当分かってきて、
どのように対処すればいいか
分かってきている子どもたちです。
心配はしていません。
ただひたすらに分からないところをつぶさせるまで。
長く付き合ってきている子どもたちは知っています。
ただやり方を教わるだけではだめで、
いかに自分で自分の分からなかったところを
分かった上で
対処することが出来るようになっているか。
 
 
 
もちろん彼らも
はじめは対処の仕方など分かりませんでした。
まずは授業に参加している、
という姿勢作りから話をします。
内申点のため、だけではありません。
名は体をあらわします。
ある行動の型をとれば、
その型に必要な
心構えも見えてきます。
 
 
昔も今も
授業をまじめに受けるのが
周りの目がに気になって
やりにくい年頃です。
 
前にだけまじめさをアピールして、
ノートにだけまじめさを残せばいい。
目の悪いフリをして
席を前よりに替わってもらうというのも手です。
 
 
アピールをすべきところにアピールして
考える必要のない相手のことまで
気にしなくてもいい。
 
まずは出来るところから。
posted by 華岡依音 at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

とりあえず、お手つきは「アリ」でしょう。

入試直後で

クラス編成も変わる、先生の布陣も新たなものになる。

クラスがかわって、そこになじんで、

そこで問題が生じたときには

何かしらのサポートを・・・

とお考えの方も多いかもしれない。

でもそのサポートが必要になった段階では、

名サポーターたりうる先生のコマはもう完全に空きがない、

ということになりがちです。



サポートが必要な段階になった段階で、

そのサポーターと新たな人間関係を作り上げていく

その時間がロスになるほどに

切羽詰っていたとしたら、

ロスする時間とお金は

結構なものになります。
 
 
本当にお子さんのお尻に火が点いた段階で
 
わたしたちが最大の結果を出しやすくするためには
 
いつかお子さんに必要になりそうであれば
 
一見必要でなさそうなときから人手を探していくことが重要だと
 
考えます。
 
 
別に必要のない次期から雇いはじめなくても構わない。
 
探すこと、見つけておくことが大切です。
 
そしてもし可能なら、
 
ほんの少しの時間でもお子さんと先生を会わせておくこと。
 
いつかこの人にみっちり習うときが来るんだよ、
 
そのときに素直に飛び込むことの出来る関係を
 
つくっておくということは予想以上のキキメをもたらします。
 
 
 
posted by 華岡依音 at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

はなむけのことば。

よいお友達との出会い。
 
よい先生との出会い。
 
 よい建物で、
 
6年間をじっくりと過ごせるね。
 
でも6年ははやい。
 
区切りが小さな6年は
 
あっというまにすぎさってしまう。
 
自分の中で区切りにくいからこそ、
 
たくさんの区切りを学校側が与えてくれる。
 
その与えられたものを
 
与えられる機会を得られていることを
 
その機会を勝ち取っていることを考えれば
 
生かしていけると思う。
 
 
受かった後でその場が間違った場でなかったのなら
 
ひとつひとつの自分に思い通りにならないものを
 
口にして嫌がるのではなく、
 
 
ひとつひとつを自分の中で
 
きちんと消化することで
 
自分を深く大きくしよう。
 
 
 
大物になってください。
 
 
願いをかなえるために
 
 
繰り返してきたものは
 
 
きっとあなたの
 
力になります。
posted by 華岡依音 at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月10日

しゃねる!!!

以前の記事で、

コンパスを自在に使わせることが大切だと

かきました。


自分の教え子にも

そのことを実践しているのですが、


線分の垂直二等分線を書いていた

女の子が叫んだ言葉です。





そうだね、確かに「しゃねる」だなあ・・・・


コンパスの描く弧と弧。


ラグビーボールとか

野球のボールとか

いろいろな説が出たけれど、


女の子はもうシャネルマークで

統一でいいね。
posted by 華岡依音 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

中学校に入る前に。(数学のヒント)

中学校に入る前に、

出来ておいていただきたいこと。

それは、

コンパスを使うこと。

小学生は中学生になる前に

あまりコンパスを使いません。



ですが

中学校の平面図形のイの一番に


作図が来る!


作図で点数がパキッと分かれます。

今のうちに今のうちに

よいコンパスを買ってしまって、

よい作図の問題集を買ってしまって、

パキパキ作図の練習をしましょう。

なぜその作図をしなければならないかをしっかり理解したうえでね。

中学校の数学の導入の市販の本って、

文字式とか移項とかはカバーしてあるのに、

作図が・・・・作図が・・・・・

スルーされています。


で・も、

中学校の中では

数量分野と図形分野を分ける学校が

多いんです。


公立の学校も、分けるところは分けますよ。

だからコンパスの足捌きが悪い方は、

それだけで、


中学校の定期試験の点数を落とすことになるんですね。


そして、

今のお子さんはコンパス経験値がすばらしく足りない。


だから、

まずコンパスを買う。

そして垂線の引き方

角の二等分線の作り方

線分の垂直二等分線の作り方

60度、45度、30度、120度、135度の作り方を

出来るようになってしまうと、

他の人とはちがったところで差がつけられます。
posted by 華岡依音 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

傍線の引き方って、どうすれば?

ストーリーが追えない子どもに

やっぱり本文に線を引かせたほうがいいと思うんですれど、

どう線を引かせればいいのでしょうか?



という疑問を寄せられることがあります。

というか、多いです。




わたしは

本文に線を引く必要があるようなタイプの文


つまり


説明文なり

論説文なりのものは



たいていの場合

あることを強調するために

他のものを引き立て役として持ってくるものですから


何がメインの話で


何が引き立て役なのかを


意識することが出来れば

どんなに本文に対する知識量がなくたって

読み込むことは可能だと思うのです。



そのヒントの大きなものって、

問題だと思うのですよ。



問題文の中に

対立概念が潜んでいたら

そのどちらが

筆者の言いたいことにつながるのか


それを問題文から読み取らせていく。


普通問題の中で肯定的に取り上げられるのは

筆者の意見であることが多いので、


そっちに線をカシカシ引いていく。


そうでないものはまったく別の線で

カシカシひいていく。



太い傍線と細い傍線でいいと思うのです。




その線の引き方で気をつけたいのが

あまりにも短い言葉に線を引かないこと。


大事そうだからとりあえず線を引くのではなくて

カッコがついていたり

反対語や類義語が文中に繰り返されているような


物を除いて

むやみに書き込むことは



線を引くことで思考停止した挙句に

本文を汚くしているとしか思われないのです。




あと、

しかし

のあとは

自分の言いたいことが入りますよね。

当たり前なんですけれど。



あと問いかける形。

断言する形。



言いたいことをより伝えやすくするために


形から入ってみる傍線の引き方。

一年あれば

確実に身につけられると思います。
posted by 華岡依音 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

自分にあった、自分の道。

わたしのブレーンは、猟犬を飼っています。

その犬は長毛種なのですが、その子の毛は適宜刈り込まれるのだそうです。

わたしは少し驚いて、どうして?と聞きました。





ん?

藪の中を走り回るときには、

毛が長いと困るでしょう?




ああ、なるほど。


自分が自分のままでいようと思うなら、

険しい道をダッシュするのは向かないのだな。

険しくてもその先に目指すものがあるのなら、

ダッシュするために自分の姿を変えるのだな、



でもそうできるのも

刈り込んでくれるサポート役がいるということだから、

刈り込ませることを許すということだから、

その信頼関係を築くことが

その子が置かれた立場の中で生きるためには

必要なのだなと


思うのです。






けれど人の子どもは

必要なときに

どうすることが必要なのかを

言葉でかたることで

自分にあった自分の道を

自分を変えていくのか

自分を変えないでいくのか



知ることが出来る。



言葉の力は大きい。

自分の知っていることを

自分ではない誰かに

覚えてもらうことが出来る。


はじめは

自分がしてしまえばすむことなのに、




面倒に思うようなことでも



少しずつ

少しずつ


言葉がしみこむように伝わっていく。




そして本能ではなく知恵で、



自分の手に入れたい獲物を

手に入れることが


出来るのだ。

自分にあった、自分の道を通って。
posted by 華岡依音 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

入試直後のお子さんへ。

どんなことがあったとしても、

入試シーズンが終わってしまえば、


卒業ですし、

入学です。


学校の勉強も総仕上げをする時期になっています。

学校の勉強をがんばった方も

学校の勉強を手抜きなさった方も


あと50日くらいしか

小学生でいることは出来ません。


その間に出来ることはありませんか?


学校を大切にする気持ちをがっちり持って

卒業することが出来なければ、


入学する学校の授業を大切に受けて

入学後の成績を保つことなど出来ません。


入学後の成績を保つために勉強をするわけではもちろんありませんが

学校を尊敬できないままに小学校を卒業した子どもの

未来は結構暗いと思います。



今の学校の状況に不満をもたれる方もおいででしょうが、

だからこそ受験をなさった方もおいででしょうが、



でも中学は学校をなめると非常に痛い目にあいます。


たとえ私立の学校であっても

内部進学には推薦入試を出願し、受かるというステップが必要。


願って入る学校です。

願ったかいのある学校のはずです。



ですから今こそ、

出身小学校となる場所で

学校を大切にする訓練を

本当にしてください。



それは修行の場といっていい。

受験生の子どもの中で、

本当に小学校を大切にしきったうえで

合格を勝ち取っていく子どもは、

私の仕事で出会ったお子さんの中でも

少数派です。


自分の思いがかなったときだからこそ、

たとえ不如意な場であったとしても

50日で大切にしていくことは可能です。




まず初めの一歩。


学校からもらったプリントを大切にする。



忘れ物は絶対にしない。



それを心がけてみて欲しいと、

強く強く願います。
posted by 華岡依音 at 14:21| Comment(0) | TrackBack(1) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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