2010年01月24日

プリントをなくさないための道具とその量のお話。

先日、プリントをなくさない教え子さんの話をしましたが、
大量にプリントを配布する学校ないし塾になると、数枚のプリントを入れられる入れ物では、外ではともかく、うちの中で困ってしまうと思います。

ものをなくさないお子さんは、早目に分けて、ちょくちょく使うものと使わないものの場所を分けてしまっていました。ちょくちょく使うものだけを机の上ないしそばに、使わないものは机から離す形で収納します。


フ-T750NX10 クリヤーホルダー 10枚入り PP A4 トウメイ

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学校で大量にプリントが配られる場合はこうしたファイルに入れて持ち帰りますが、この場合は教科がまざっていてもかまわないのではないかと思います。家に帰ってから、こうしたファイルに入れ替えていけばよいのではないかと思います。

コクヨS&T クリヤーブック(エコロジー・固定式) ポケット20枚 黄 ラ-EC560Y

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ただしもらったプリントに何度も書きこみをする必要があれば、はさんでおくタイプのもののほうがなくならないと思います。

コクヨS&T 学習用 レバーファイル A4-S 黄緑 フ-SC300YG

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塾で大量にプリントが配られる場合は一日の教科の数が限られていると思うので、教科ごとに色を決めてしまって「その日のその教科」でファイルにしてしまい、そのままボックスに立ててしまうというのも手です。

ファイルボックス<ミッキー>A4タテ F-MFB118-2

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本当にプリントが大量に配られることが分かっている場合は、安く買うことのできるお店で、年間に必要な量と何年間にわたってそのファイルをし続ける必要があるかを考えて、一括購入なさるのがいいと思います。
そしてそのファイルを置いておくスペースを確保しておかれると、学年が進んでからいらいらすることがなくなると思いますし、「ここがいっぱいになるだけの勉強をしていくのだ」という意識をお子さんに持たせることもできると思います。
受験が始まってから終わるまでの教材の場所として、一立方メートルの場所を確保しておかれれば、大丈夫だと思います。
カラーボックスでも、部屋の片隅の床面に順々に並べるのでもよいのです。とにかく指定席を作っておくことが、大切だと思います。


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posted by 華岡依音 at 10:17| みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月01日

『プロに学べ!脳活用法スペシャル これが”育て”の極意だ!』を見ました。

おはようございます。華岡です。

昨日は早く帰れたのでこの番組を見ることができました。楽しみにしていたのです。
全体的におもしろかったのですが、番組のサマリーの中に書かれていないところが一番面白くて、そこを突っ込んでもらいたかったなと思いましたので、記しておきます。

質問コーナーの中で、2歳のお子さんのお母様からの
「着替えてほしい時に着替えてくれない、歯を磨くときに口をあけてくれない」
という質問に対して、茂木さんは、
「子供は脳と体がまだばらばらの状態で、思う通りに体をコントロールできないし、時間にあわせて何かをするとか、虫歯になってはいけないから歯を磨かなければならないという論理も頭の中にない。だからそこを「自発性の芽」が出るまで待つ、というのではなくて、物理的に着替えさせてしまうのもアリだし、だましだまし歯を磨いてしまうというのもアリ」というような内容のお話をなさっていました。

番組中では、「自発性の芽」が出てくるのを観察しながら待つことがとても大切だというところがクローズアップされていましたが、社会で生きる中で身につけておかなければならないところの環境を整えるところは親の仕事、環境を変えることは大人でなければできないけれど、そのあとで育つのは子供の仕事だ、というところがとても大事なのではないかと思います。
その「環境」をどこまでのレベルで考えるかを親御さんはとても悩むのだと思いますし、環境を「整えすぎ」、「先回りしすぎ」てしまうと、「自発性の芽」は着々と摘まれていってしまうのだと思います。
自発性の芽が出そうな土地を探していきながらも、そこにすべての生物にかかわるような強い農薬や、ある時期だけ成長を促進する強すぎる肥料を与えるのもよくないし、かといってその自発性の芽が育つこともできないような環境ではよくない、できるだけ「自然」に近い形で育てる、その最後の砦に当たるところが、「社会性」なのだな、と思ったのです。


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タグ:NHK
posted by 華岡依音 at 07:16| みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

学校見学で見えるもの。

学校の説明会の話を、以前書きましたが、
親御さんがメインの説明会にも、参ります。




パワーポイントで説明をなさいます。
プリントもパンフレットにセットされています。
映像で、在校生の皆さんのご様子も拝見できます。


何よりも
出席者の皆さまの顔を見ること、
先生方の顔を見ることが
大きな収穫です。



その学校の「ファン」である親御さんの比率。
「冷静」に、選択肢のひとつとしてその学校を見定めようとなさる親御さんの比率。
その学校への「リピーター」である親御さんの比率。
質疑応答の雰囲気、どんな親御さんのお子さんがその学校を受けに来ようとしているのか。

「ファン」だからこそ、熱心になる。
「冷静」だから、見えるものもある。
「リピーター」になると、わかることがある。

目線で、メモの取り方で、質問の発展の仕方で、
学校と親御さんとの駆け引きがなされます。



入る前にうっとりしてて、入った後でこんなはずじゃなかった、
と思うのはもったいない。

入る前に礼儀を守った上で両目を開けて、耳を澄まして、
冷静にその学校のよさを見つける。

自分に合わないところがあれば、そ〜っと選ぶことをやめる。
6年間という時間の中で、
時間とお金をかけながら、
ストレスまで感じるのは、
何のための受験なのでしょう?

苦労は買ってでもしろといいますが、
それはわざと苦労をする方向に自分を追い込みなさいという意味ではないと思うのです。

その場にいることに愛情と感謝を持てる場所になることは、
しっかり選んだ場所であれば確かなことだと思います。
だからこそ、しっかり見ましょう。聞きましょう。

その空間を共有しているかたがたの思いを感じましょう。

悪い感情で一体化するのでなく、
よりよい校風を作っていくために自分の感性に会う学校を
見極めていくことは、悪いことではないと思うのです。

学校で手に入るのは先生との関係だけではない。
お子さん同士の関係も、手に入るのですから。

タグ:中学受験
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2007年05月31日

賢さは物の管理にあらわれる。

持ち物をよく把握しているひとがいます。そしてそうしたひとは、「それが決して使えない状態にはならない」ようにしています。

たとえば何かが充電切れになって使えなくなるということがありません。また、飲み物にしてもなににしても、なくなってしまったから買いに行かなければ、という行動を見たことがありません。


備品がしょっちゅう不足する組織は考えただけで恐ろしいです。

しかし個人で物を管理するときには、自分の脳みそをそちらへ振り向けることが習い性になっていなければ、いつも整備された状態になっていることはむずかしいでしょう。


賢いご家庭、賢いお子さんは世の中においでです。
そうしたご家庭には筆記用具の買い置きが必ずあるのです。
買い置きがあるというのは家のどこかにあって探しにいくのではなく、確実にどこにあるのかが家族全員に把握されてるということで、即座に取りにいけるということを、意味します。



いざとなればコンビニエンスストアがあるけれど、そこまで夜道を歩かなければなりません。

一晩くらい我慢しなさいということになります。

しかし、大人であれば、たとえコンビニエンスストアまで行く時間のロスがあったとしても、その小用具を手に入れようとするでしょう。

子どもだから我慢すればよいということはないのです。

そして大抵、買い置きをするようなときは安く購入できることが多く、いざというときの買い物は高くつくことになります。

時間のロス、お金のロス、イライラによってそがれた気持ち。

そのロスの集積は、思いのほかに大きくなっていくのです。

今までなくなりそうになってから買うことを考えるのが当たり前になっていた方がおいでなら、
一度多めに筆記用具を準備してみることをお勧めします。

今から続ければ、受験直前の時期にはまにあうでしょう。
posted by 華岡依音 at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

もしもし、もし。

国語の模擬試験の問題を見ていて、

きゃあ、とさけびをあげることがある。

それが小さな喜びであるときは、

残念ながらあまりない。

どんなヤマでも、数を打てば、ある種の学校には当たるかも知れない。

でも、模擬試験というものは、

その年度の子供に読んでおいてもらいたい筆者の、

今の時代をうまく照射した文章をセレクトし、

きちんと「読む」「考える」「探す」「まとめる」「写す」といった

作業の集積としての解答力を見ることが出来る問題を作問して、

どういった実力段階にある子供でも

なにかしらの意味のある結果が出て、

なおかつその出典の中から

抜粋してでも読ませておきたいと

子供の周りにいる人間に思わせる。

そういう結果の出る問題を

母集団が大きい模擬試験ほど

めざしてほしい。

平均点が低すぎるもしくは高すぎる模擬試験というのは

うっかりというコトでは済まされないと思う。

得点と偏差値だけを見て

一方的なけんかになるご家庭は

どんな時期でも多いのだ。

そしてそういう修羅場は

模擬試験直後に

問題を見てこちらが

きゃあ

といった後ほど













模試に行った時間くらいの

時間のロスを(最短でも)

引き起こす。


だから

志望校の出題傾向と違う本文だったときほど



返却後の

闘いの芽を

摘んでおくようにしている。
posted by 華岡依音 at 18:12| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

わくといき。

何かを伝えようとするとき、

なにを伝えたいかによって

どう伝えるかがは

当然のこととして変わってくる。

分かりやすく伝えるためには

枠組みが必要だ。

でもその枠組みが

相手がなにを受け取りたいか



無視して作られていることに

なかなか気づかないものだ。



最近

スイスの方と

教育制度についての情報交換をすることがあって、

先方からこのサイトを教わった。

そして私は

このサイトを紹介しようとして、



やめた。

目的は同じものであるはずなのに、

なぜにこれほどにも後者は野暮ったいのだろう。

後者の言語をJapaneseにかえてみると、

さらに驚くべきことに、

全く違うサイト構成になっているということも

なんだかな、と思われる。


そして後者はJapaneseを母国語としない人に対する

紹介のために

Englishによる記述を行っている

とすれば

そんな紹介の仕方で

紹介がなされているとでも

お思いか?

と言いたくなる

構成だ。

「そもそも日本の教育はどういう学校の構成になっているか」

「日本人にとって義務教育以降の教育の位置がどのようなものであるか」

「日本における学歴社会の意味は何か」

という

大前提の説明がすっぽ抜けていて、

それを踏まえないと理解できない現状を

つらつらと説明されても、

わざわざEnglishで検索をかけてくる方には

通じない話だと思われてならない。



ということで、

読みたいひとがなにを知りたいか

つまり

読みたいひとがどこまで知らないのか



意識した枠作りがなされていないものは、

枠にはまっていようが

枠にはまっていなかろうが

結局粋ではない。

「いき」に達する域では、到底ない。


相手がなにを知らないか

相手にどのようにそのことを伝えるか


この二つを意識しないで

その地域で生まれ育っていない人への

紹介サイトを作っても

結局、「君たちの事はよくわからん」と思われて

終わるように思われる。


伝え方を失敗しているいい例だと、思う。
posted by 華岡依音 at 19:24| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月21日

プリントをかたづける。

物の整理ができなくて悩む人は、

ほぼ全員、

そのものをしまう場所を準備していない。

プリントを整理するなら、

ファイルを買う、だけでは駄目なんだ。

どうファイルするか、

そのプリントの定位置を

決めるところまでが準備だ。

ポケットのビニールに

マジックでなにを入れるのかはっきり書いて、

その上で、積み上がったプリントを一気に挿す。

このとき例外のないように

できるだけ細分化しておくことが大切だ。

ここに入れる価値のないものは捨てればいい。

コピーして再現できるものなら捨てればいい。

できないものは、片付けるのが得策だ。
posted by 華岡依音 at 12:41| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

名詞は大事だよ。

小学生の社会の勉強をしていると、

結構ぶちあたる壁は、

「漢字で名前を書かなければならないのか」という疑問だ。

書かなくてもいいのなら、

なぜに教科書に漢字で載っているのだろう?

それは、地名と人名、事件名、産業にかかわる用語くらいは

漢字で書けておきなさいってことなのではないのかな。

漢字で名づけられたものというものは、

そんなに簡単に表記が変わるものではないだろう。

そして、その名づけの意味を語構成までさかのぼって考えていけば、

そんなに難しいことばではない。

その意味をさかのぼる作業を吹っ飛ばすから、

暗記できなくてイラつくのだ。

名づけのためにいろいろな人が考えた、

そんな雑学とともに

覚えていかれれば

簡単には忘れられなくなると思う。






好きでも嫌いでもいい。

何かしらの感情を込めて、

名づけの意味を、

覚えてほしい。

ます、社会の力をつけるのは

そこからだ。
posted by 華岡依音 at 12:42| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月10日

暗記の帝王に学ぶ。

原案→2006・5・24@楽天市場

仕事場が家庭であるということで、

暗記の現場に遭遇することも多いのですが、

暗記上手な子というのは、世の中にはいるのです。

その子は、短期記憶の力がすさまじいのです。

その意味で、スプリンターなのだけれど、

忘れないのです。

だから、そのやり方を意識的にしているのかどうかきいてみたら、

どうも無意識レベルになっているらしいのです。

本人に聞いてみたら、記事にしてもいいとのことだったので、

書いてみようと思います。

 
 覚え方は物によって違う。

 @文章の形で覚える必要のあるものは、どんなに長いものでも、

 どこまで息が続くか確かめるようにして、

 大き目の声で、通して音読する。

 半分くらい空で言えるところまで、繰り返し繰り返し読んでいる。

 歩き回りながら読んでいる。

 家のいろんなところで読んでいる。

 本を持たないとき、例えばペットの世話をするときも、

 ぶつぶつ繰り返している。

 その間は、そこで出てきた難しいと思われる漢字をメモするくらいで、
 
 あまり書かない。

 そして、声で言えるようになってから、一気に書く。

 唱えながら書き、書いた後でもう一度唱える。


 A条書きになっているものは、

 箇条書きにして、書きながら覚えるが、

 書くのは固有名詞以外は補助だ。

 基本的に口頭で言えることを目指す。

 口頭で言えるようになったら、

 最後からいいなおす。

 歴史ものの、時系列のあるものは、特に有効だと思う。

 繰り返し、言い直す。

 前からと、後ろからと。

 そして、頭文字だけを57調にして覚えて、

 それからもう一度、前からと後ろからと言い直す。

 
 Bそして、20分くらい、寝てしまう。

 C目覚めてから。

 もう一度、覚えようとしていたものを、ざくっと確認する。



すると、覚えているのです。
posted by 華岡依音 at 08:34| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

机まわりの話。

原案→2006・5・25@楽天市場

私の職場はご家庭です。

私がご家庭での指導がすきなのは、

勉強環境の整備が出来るからでもあります。

さて、お子さんの勉強部屋ですが、

たぶんベッドがあると思います。

テレビも、ビデオも、ゲームも、音響機器も。

ああ、それ以前にお子さんの部屋があります。

そんなわけで、密室の個人空間ですから、

よほどうまく管理してあげないと「勉強の動線」が出来ません。

勉強すること以外の動線は、ものがある限りは、発生する危険があります。


管理することは良くないことだ、というかたもおいででしょうが、

でも、

管理することは良くないことだ

という

管理でもあるのですよ?

親御さんの考えで、お子さんの部屋の壁に

・地図(日本地図・世界地図)

・年表

・暗記物

を貼ることを許さない(美的なものを損なうから)

という方が増えてきたのは、ここ10年です。

でも、もちろんそうではない方もおいでで、その差は、

確実に出てきていると思います。

私は地図年表は、張った上からマジックなどでがしがし書き込みをすることが

許されているご家庭では、買ってきてしまいます。

マジックで書き込みをするということは、

すなわち壁にインクがつくかもしれないということなのです。

それを許せるかどうかで、壁に貼れるものの幅が決定します。

でもその人生の姿勢を変えろとは申しません。

そうした無理は結局お子さんとの軋轢を生むので、もしそうでなくても、

地図帳と年表の本の形できちんと手元において置ければよいのです。

そして、暗記するものですが、

暗記したものをノートに書き出して検算する必要のあるようなもの

例えば単位換算のメートル法の表とか、

は、そのノートに書き出すサイズと同じにして、目線より下目に貼ります。

そして、不規則動詞の活用などの、

答えがぽんと一つだけ飛び出す必要のあるものは、

大きめの字で書いて、目線よりちょい上に貼ります。

そのとき、間違えやすいものを色を変える。

aのものは赤

oのものは青

eのものはオレンジ

みたいな感じで。


で、机の幅より広く暗記物を貼っても意味がないと思うので、

どんどん貼るものを変えていったほうがいいと思います。

あと、覚えるのが楽しみになっちゃうようなイラスト入りのようなものは、

お手洗いに張るといいと思います。

もしくはトイレに漫画形式の暗記物の本を置いて、

読むのはそこだけにするとかね。

頭のフックにかけることが大事なので、

仕舞いこむのは良くないのです。

頭の中にしまったら、

その暗記物の紙は捨てないでとっておいて欲しい。

受験が終わってから捨てればいいのです。
posted by 華岡依音 at 08:19| Comment(0) | TrackBack(2) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

読書感想文。

読書感想文は、作文よりは好きではなかった。

なんか、本を読んで「イイコトグッド(上向き矢印)」を感じなければならないような、

そんな気がしていたから。

でも、文章を書くこと自体は好きであったから、

なんだかさくさくかいてしまうのであったが。

いっつも、手は同じ。

だったように思う。



@一番自分が気になったことばを、一行目に書く。

Aそして、そのことばがでてくるに至るまでの

話をざくざく書いて、あらすじ完了。

Bそして何で自分の心に響いたのかざくざく説明する。

Cそしてそのことばを自分に生かすとしたらどう生かせるかを書く。


一番気になったことばというのは

「イイコトグッド(上向き矢印)」を想定させるもので数回書いていたが、

あるとき

「ナットクイカナイコトバッド(下向き矢印)

で書いてみたら、

思いのほか展開が広がったので

それ以来納得いかないものも

がんがん一行目に挙げるようになった。


何かのご参考になれば、と思います。
posted by 華岡依音 at 12:52| Comment(2) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

かもくのあわい。

専門科目で教えるのは、スキルとしては大切なのだと思うし、

もちろんある程度の年齢以上の子供には

初めての知識を入れるためには必要なのだと思う。

でも一教科の授業をしているときに

その教科から話が派生しない先生の授業は、

正直言って大変につまらなかった記憶がある。

雑談とたとえが、

本来のストーリーにきちんと着地する話をしてくださる

先生が揃っていたから

私は塾も家庭教師も予備校も知らずに

高校卒業までを過ごしたのだろう。

だからその先生がおつくりになった板書を

がしがしメモしたノートは、

今の私の授業上の財産になっている。

だから学年が終わった瞬間に捨てられてしまうノートを見るにつけ、

そういうノートなんだろうな、

と寂しくなってしまうのだけれど。




 でも私のノートまで捨てるのにはたまげた!参った!


 でも後で後悔してたけど・・・・・


 当たり前だよ!


 私のノートは何年かは寝かす意味があると思って作ってるし!!






さて、


masa/k先生の授業を拝見していて思ったことです。


masa/k先生、スマートボードを入れてください。

あれは後進の先生を鍛えるためにも、

必要だと思う。

ああいう板書なら、

スマートボードでどんどん印刷していったら、

授業1回分でゴージャスな参考書ができますよ。


私も板書が好きだけれど、

先生の板書は板書スペースの大きさをカチッと分かって

作っていらっしゃるのが良く分かる。


しかもあの科目のクロスオーバー振り。

そして先生の学生時代の知識が

ちらりちらりとかいま見える、ちょっとしたエピソード。

そして、見事に子供を引っ掛けていく質問の構成。

くつくつ笑いながら拝見してしまいました。




やはり義務教育までは、クロスオーバーして

自在に話せる力が必要だし、

それが上の年齢へいけばいくほど、

その子の科目の中での理解度も上がると思うんですね。




それは、つくづくと感じました。


私の組織でも人気が高いひとは

やはりクロスオーバー度が高いですからね。



それは、どこへ行ってもそうなのだと思う。


結局、学校でも家庭でもない

第三の学びの場なのだから

伯楽であり、

采配をする人間であり、

プロデューサーであり、

マネージャーである人間が

向いているのだろうな、

と痛感したのでした。
posted by 華岡依音 at 07:57| Comment(3) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

勉強に王道はないし、

俺様な子供に伸びるチャンスも、ないと思う。

俺様な子供は、そこかしこにいる。

俺様な大人も、そこかしこにいる。

俺様な・・・



    やめておこう。




さて、俺様が何かがうまくいかないと何が始まるか。

それは

責任者探しである。

責任者が見つかったら、とりあえずオーケー。




なんで?

なんでなの?




責任者が見つかったって、

現状は変わらないよ???



現状を変えるために、まずは責任の所在を・・・・・って、


それは、それはああああああ!



だって、責任の所在って、

物事をスタートさせるときと

ゴールさせた後に

確認するものだと思うんだ。



物事が走っているときは、

現状があるだけだ。

それを追いかけて追いかけて追いかけていくことを

ストップさせて責任者探しをするのは、






時間の無駄かと!!!




責任者を探すんじゃなくて

目の前の現状を何とかするほうに

そこに向かって知恵を出すほうに、

そのために誰が協力し合って

なにをするべきかを考えよう。






そのためには、みんな平等だから、

勉強の主体者である子供を

俺様にしたまま放置することも意味がないと思う。




だって、

勉強はいつだって臨戦態勢のものだと思うよ。

最前線で、責任者のほうを見ていたって、

どんどん撃たれてしまうよ。




傷を小さくするために、

全員でがんばるんだ。






私は俺様でなくなった君のことはまるで憎まないから、

俺様仮面を、なぎ捨てるんだ。



まってるぞ、***・****くん!!!

じゃ、また明日!!!
posted by 華岡依音 at 15:54| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

宿題の意味。

私の組織では、文章をかなり大量に書きます。

ワープロで打ってもいいのですが、私は手書きで書きます。

パソコンを持った電車女、と言われていても、

手で書きます。


手で書くと、私自身の思いが如実に出ます。

ワープロだと、嬉しくても悲しくても、

手で書くほどには思いがでてきません。



それは大人だけではないと思うのです。

子供が漢字練習を繰り返しノートにしたり、

計算問題を毎日解いたり、

手書きで日記を書くのは、悪くないと思うのです。

そして、そうした課題を提出する相手との

毎日の交換日記にすること。

それを繰り返していれば、毎日の課題が

日課として定着し、

やらないと気持悪いものになってきます。



そうするには、課題を提出される相手の心構えが

何より大切だと思うのです。

気まぐれで、受け取り方を変えない。

そして何より、出し方を変えないことが大切だと思うのです。

大変な負荷のように見えても、それが必要なものだと思うなら、

初めて会ったときからその負荷は変えないようにすることが

大切だと思うのです。


そして、その姿勢がきちんとしている先生は、

一度に確認するのは大変だということをよくご存知です。

ですから、こまめこまめの確認をし、

可愛いはんこやシールだけではなく、

その先生の人格や感性がにじみ出るような

微笑ましい、もしくは骨太な

コメントを入れたノートを返されます。


そうした関係性を一学期の間続けてこられた先生は、

たとえ問題集を解答つきで渡しても、

きちんとしたノートを提出させる心のつながりを

作っていらっしゃいます。

現にそうした先生に教わっている教え子も沢山いますし、

そうではない先生に教わっているがために

モチベーションを失っている教え子も、

沢山います。



宿題は手書きで提出しなければならない、

それが当たり前である時期に、

もっと限定してしまえば

鉛筆で字を書くのが当たり前の学年の間に、

一学期の間にどこまで宿題提出を絆にしていけるかが、

夏休みの宿題の意味を作れるかどうかに

深くかかわってくるところだと思います。
posted by 華岡依音 at 12:34| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

千回、尋ねる。

私は子供に訊く。

で、つまり、一言で言うとどういうこと?

いつも一言で言えばいいと

安心することができれば

子供は

一言で答えが出せるようになる。

それを一番最後につけるようにして、

話を膨らませるようにする。

いつ、

どこで、

だれが、

なぜ、

どのようにして、

なにをしたから、

気持が動いたのか。

それを

しつこくしつこく、

同じ手順で、

尋ねて答えさせることを

心がけていけば

ことばがつながってくる。

それを繰り返していれば、

自分で鉛筆を握れるようになる。

そうすれば、

文章は書けてくる。

それを毎回の指導で繰り返せば、

呼吸をするように文を書くことが

できるようになると考えています。



あきらめずに、

できるまで、

しつこくしつこく、

尋ね続けるのが

私の仕事です。 
posted by 華岡依音 at 09:59| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月03日

やるときはやる子供にするために、ちいさなことから。

先の記事で緩やかな夏休みを過ごしていたわたしですが、

もちろん緩やかな時間ばかり過ごしていても

進路が定まるはずもありません。

やるときは、やる。

それは時間ではなく、

その日の目標を、

最終的な目標から、

割り出して、

ここまでやればよいというものをきめる。

計画を立てるのが苦手な子には、

わたしがかっちり計画を立てて、

これ以上はやってはいけない

といって

計画を渡します。

それで

計画通りにできれば

その計画の中で調整すればよし、

計画通りにできて欲の出る子は

わたしとの約束を破って、

多く解くようになります


でも親御さんから、多く解くことを

示唆してもらわないように

お願いしています。

あくまでも

預けた下駄は

こどもに

どうしたいかを考えさせる。

そうすることで、

言い訳の芽をつむのです。


ここで最終的な目標といったのは、

受験であれば合格ですから、

そこまでに必要なものを

できるだけ全て想定して、

そこから逆算をかけます。

だから

これ以上はやらなくていい

といえるのであり、

学力のピークを

受験時に

持ってくることも

可能になる、というわけです。
posted by 華岡依音 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

おなかいたの季節と、戦う。

原案:2006・5・12

男の子も思春期なら、女の子も思春期です。

女の子も、体ががんがん変わって、

それがダイレクトに集中力に

影響する季節がやってきます。

いろいろな経験則でお話ししますね。

まず、身長が伸び始める前後は、

耳の聞こえが少し悪くなります

耳の中身が急に伸びるためだと思いますが、

ちょっとぼーっとしています。

それは彼女の集中力のせいではないんです。

思春期がくるよ、というサインです。

そして、体が丸くなり始めると、

椅子の硬さを訴え始めます


最近の学習机の椅子って、何であんなに・・・

と思うほどの硬さです。

お尻が、悲鳴を上げ始めたら、

椅子の購入を真剣に考えてあげてください。

中学校に受かってからね、は勘弁してあげて。

希望のところには入れなくなるくらいに

お尻の問題は彼女たちには切実です。

で、おなかの痛い季節が来ます。

その季節の到来を待ち望んでわくわくするのも

気持ち悪いのですが、

受験が終わってからならよかった、

というお母様、おいででしょうか?

おいで、ですか?





毎月の体調が周期的に変わるのは、

しんどいことかもしれませんが、

体調を管理するのがしやすくなるという点で

周期的な変化が起こらないころよりもおとくです。

その意味では、どちらがおとくかなんてないのです。

それはすべて、

受け止めるお母様の問題ですから、

そこでお母様が

性を面倒くさがる発言、表情、態度を示すと、

お子さんの心のシャッターは、

閉まります。

で、その季節がきたら、

お父様、そのことを厳粛に受け止めてください。

お父様が下品な視線、表情、発言をなさったら、

お子さんの心のシャッターは、

閉まります。

お父様がわくわくして性の目覚めを迎えたのとは違って、

お嬢さんは痛みとか不快感とともに

性を気づいている場合が多いはず。

だから、本当にたいせつにかかわってあげてほしい。

あとは、その変化になじめるように、

お母様はご自身の話をなさってほしい。

お母様がどのように自分のからだと付き合っていらっしゃるかのお話、

それがお嬢さんの心を落ち着かせ、

勉強に向かわせます。

私も、おなかいたの季節とその周辺のお嬢さんの体調の変化は、

常に鋭く気づいていますが、

同時に常にスルーします。

気づいていないという態度が、大事なときもあるので。

そのバランスに上手に慣れさせてあげると、

お嬢さんは自分の学力のコントロールのしかたを

覚えます。

いつ暗記をすればいいか、いつ力技の勉強をすればいいか。

そこをつかむと、男の子よりよほど戦略的に勉強を進められるようになります。



ね、おなかいたの季節にも、いいことが、どっさりだよ。

こわがらないで、ね。

お父様も、お母様も、よろしくお願いしますね。
posted by 華岡依音 at 07:06| Comment(4) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性の目覚めと、戦う。

原案:2006・5・12@楽天市場

思春期入りたて。

女子と違って体の変調が体調の悪さにつながって、

試験の結果に直結することがないために、

自分たちの妄想を炸裂させがちな今日この頃です。

男の子たちは群れて、

性に関する情報の断片を手にする。

彼らが手に入れているものは快に相当偏ったものですから、

手に入れた言葉の意味の深さも広さも重さも、

考えないで口にする。

いや考えてはいるのだけれど想定の範囲をはるかに超えた言葉で

あることをわかっていないのだと思います。

そして妄想はエスカレートする。

女性家庭教師+密室

彼らにとって楽しい妄想は炸裂、ということになります。

そして行動に起こす、お子さんもいる。

そんなことないだろうとお思いでしょうが、

私と同じ仕事を長くしてきて、

熱心で実力のある先生は、

ほぼ全員そうした修羅場を潜り抜けて、

それでもくじけなかった先生です。

これは、本当にくじけます。

「セクハラ保険」をつけてほしいと、

おっしゃる先生はたくさんいます。


私たちの合言葉は、

小5から中2までの男子の前では、

鎖骨とひざは禁止
、ですよ。

そこまで気を遣っていても、

いろいろな方法で辛い目にあいます。

具体例は一切削除しますが、

みなさまが想像できるであろうほぼ大体のことは

私も見聞きしています。


そんな、彼らへ。

まあ、おちついて。

きみたちが口にしている言葉は、

そんなに楽しいもんじゃあないんだよ。

説明するね。

君たちが口にしている言葉は、

気持ちを通じ合わせる方法でもあるんだけど、

生き物を増やす手段でもあるんだよ。

君という人間を

この世につれてくる手段でもあるんだよ。

それは理科でいやって言うほど勉強したから、

わかるよね?

で、君のお母さんは

どんなにいたい思いをして君と共同作業して

君をこの世に送り出したかは、

わかる?

性交、ということはえらく責任が重いことなんだよ。

無責任にそういうことを云っているけれど、

そんなに、簡単なもんじゃないんだよ。

それは君一人で出来ない。

それは君もわかるだろう。

でもその相手となる人は、

今君がそういうことを云ってはしゃいでる間にも、

体の中が着々と変化して、

すごくしんどい思いをしている。

自分が体調が悪いときにからかわれたらどんな気がする?

あんなに君が普段扱いにくいと思っている女子が、だよ。

君の発言を喜ぶはずがないよね。

そんな君たちは集団で馬鹿にされるよ。

軽蔑もする。

そして、彼女たちの体がしんどくなくなったころ、

きれいになった彼女たちは、君たちの事は選ばない。

万が一、今君に好意を持っている女の子がいたとしたって、

今の体と

自分の心をコントロールして

うまく言葉を選べない君に、

君が望むような行動を望むはずもない。

そんなの関係ないって?

自分の欲望に正直なだけだって?

それは、よくないと思うよ。

性というものは、

言葉と似てると思う。

一番いい使い方は良くわからないけれど、

周りの姿をみてなんとなく使い方を知っていく。

でもその使い方に磨きをかけることが出来る人と、

出来ない人がいるよ。

それは、

使えば上手になると思っているか、

上手に使おうと思っているかの違いだね。

自分が行動に起こすことの意味を良く考えて、

相手が自分のことをどう考えるかを思って、

相手をどう思っているかを考えて、

毎回言葉を口にしている人は、

きちんと話せて、気持ちを伝えられる。

性もそういうことだ。

やりゃあいいってもんじゃない。

それは、言葉で人を傷つけるのと同じくらい、

犯罪なんだ。

いいたいやつには言わせておけ。

君が心を遠ざければいい、そんな子からは。

とにかく自分の言葉と性は大事にしてくれ。

頼んだよ。
posted by 華岡依音 at 06:58| Comment(0) | TrackBack(1) | みて、考えた。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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